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 倒れていた人がゆっくり上半身を起こし、ぼりぼりと頭を掻いた。始めはぼんやりとしか見えなかったが、徐々に目が慣れ相手の姿がはっきりしてきた。年齢は十四、五の中学生くらい。体の線は細く、不機嫌そうな表情だ。大きな瞳は、透きとおるような榛色(はしばみいろ)をしていた。


「せっかく気持ちよく寝ていたのに」

「寝ていた? こんな時間にこんな場所で? 君いくつ? お家はどこ?」 

「なんだよ。そんなに子どもじゃないっての。ここは俺の庭みたいなもんだから」


 少年はため息をつき立ち上がった。が、その場から動こうとしない。


「家に帰らないの? もしかして迷子?」

「迷子じゃない。さっきから言ってるけど、そんなに子どもじゃないからな」


 少年はこちらを睨みつけてくる。家の場所を訊こうにも、きちんと答えてくれそうにない。警察に連絡をしたほうがいいかもしれない。


「ちょっと、どこに電話するつもり?」

「警察に」

「なんで? 通報するの? 俺なにも悪いことしてないよ」

「ご両親が探しているかもしれないでしょう」

「両親なんていないよ」


 しまった。疲れていて頭が回っていなかった。とても配慮のない発言をしてしまったようだ。とすると、この子は施設か親戚の家で暮らしているのだろうか。それなら尚更、早く保護者に連絡をしなければ。


「ねぇ、じゃあどこから来たの? 保護者の方の連絡先を教えてくれないかな?」


 少年はそれには答えない。


「それよりさ、お姉さんの家に連れて行ってよ」

「は?」


 この子はなにを言っているのだ。


「そんなの無理に決まっているでしょう」

「どうして? 俺、今日は帰る所がないんだよ? お願い!」


 顔の前で両手を合わせ懇願された。しかもときどき、片目を開けてこちらの様子を窺ってくる。不謹慎にも、その姿が可愛らしく思えた。


「ごめんなさい、無理よ。他人を……子ども家に招くなんて。最悪、誘拐だと思われるかも」

「俺はそんなこと言わないよ!」

「あなたが言わなくても、周りが見たらそう思うの」


 少年は唇を噛んだ。


 どんな環境かわからないが、孤独に生活しているのかもしれない。日々の辛さが積み重なり、限界を超えてしまった。だから家出をし、行く当てもなく彷徨った。夜になり体力が限界を迎え、仕方なく路上で眠ってしまったのだろう。強がっているようだが、心の内は苦しんでいるに違いない。


 だからといって、知らない子どもを家に上げるわけにはいかない。トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。


「大丈夫」


 両手に柔らかく冷たいものが触れた。「たぶん……お姉さんはそんな人じゃないでしょ?」少年が手を握ってきたのだ。


「こんな夜中に誰も見ていないよ。それにさ、朝になったらちゃんと帰るから……お願い」


 冷たい手をした男の子が、真っすぐに見つめてくる。彼の両目で輝く榛色(はしばみいろ)は、日本人には珍しい。暗闇の中で不思議な光を放っている。見るものすべてを吸い込んでしまいそうだ。

 少年が手に力を込めた。よく見れば震えている。そうか、気づかれないよう強く握っているのね。


 女性は小さく息を吐いた。


「お客さん用の布団はあるから……今晩は泊まっていって」

「いいの? ありがとう!」


 少年の心底ほっとしたような、嬉しそうな笑顔を見て、女性はこれが正解だったのだと自分を肯定できた。はじめは警戒したが、この子に罪はない。たとえ今知り合ったばかりだとしても、苦しんでいる子どもに手を差し伸べることは大人の務めだ。それに一晩泊めるだけ。朝になったら警察へ連絡し保護してもらえばいい。女性はそう考え、少年とマンションへ向かった。


「あ」

「お姉さんどうしたの?」

「いい匂いがする。金木犀かな」

「それって秋じゃない? 金木犀の花はこんなに暑い夏に咲かないよ」

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