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「花ちゃ」

「はい、埃とれたよ」


 にっこり笑って椅子に戻る。遊君は「ほこり?」とまぬけな声をだした。


「お酒飲んでないのに顔が赤いね」

「ちょっと待って。花ちゃん、俺は」

「お待たせしました! 生二つです!」


 空気を裂くようにテーブルへジョッキが置かれた。黄金に輝くビールには、純白の泡がのっている。


「とりあえず飲まない?」


 早く喉を潤したかった私は、まだ話したそうな遊君を遮った。


「そう、だね。まずは飲むか」

「じゃ、かんぱーい!」


 勢いよくジョッキを口に傾ける。なめらかな泡の舌触りと麦の香ばしさが広がる。そのあと間をあけずにキンと冷えた苦味がやってきて、身体のすみずみまで染みわたっていく。水を飲むより涼しさを感じるのはなぜだろう。喉を三回鳴らしてひと息ついた。


「おいしい! あ、そういえば遊君なにか言いかけてなかった?」

「花ちゃんってマイペースだよなぁ。でも嫌いじゃないけどね。花ちゃんに振り回されるの」

「振り回してなんかないよ」


 そんなつもりはないが、遊君が私のことを気にするようにはしているつもりだ。必ず目を見て話す、さり気なく触れる、彼が好きな容姿で来る。


 遊君はいつも私への好意を滲ませているけれど、まだ、だめだ。


「でも気をつけてね。花ちゃんみたいに可愛い子はさ、悪い奴に目をつけられるかもしれない」

「悪い奴って?」

「人の欲につけこむ恐ろしい奴だよ」

「もしかして、また霊媒師さんの幽霊の話?」


 遊君は知り合いの霊媒師から聞いたという心霊話をよくする。私の怖がる様子を楽しみたいらしい。一応、期待通りの反応をしてあげるが、彼はそれが演技だということを知らない。幽霊の話なんて私はなんとも思わない。

 遊君はビールをひと口飲み、「あるところに、日々に疲れた会社員の女性がいました」と話し始めた。


「なんだか夢のない始まりだね」




 女性はとても忙しい人だった。


 早朝にマンションを出て、人々が寝静まったころ帰ってくる。いわゆる社畜だ。その日は大切な仕事の納品日。なんとか業務を終えたが、すでに終電の時間だった。


 ぎりぎりだけど納期に間に合ってよかった。明日は休みだし、アラームをかけずに寝よう。


 そんなことを考えながら、暗い夜道を歩いていた。すると街灯に照らされた地面に影が見えた。最初は気にしていなかったが、近づくにつれその影は大きくなっていく。女性は怖くなり道の端を歩いた。ついに影の横を通り過ぎる。しかしその瞬間彼女は驚いた。人が倒れていたのだ。


 辺りを見回すが自分以外には誰もいない。意を決し近づく。


「大丈夫ですか」


 呼びかけに返事はない。恐る恐る手を伸ばし、倒れている人の肩に触れた。


「あの、大丈夫ですか」


 身体をゆすり呼びかけると呻くような声がした。


「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか!」


 女性は力いっぱい呼びかけた。まだ意識がある。すぐに救急車を呼べば助かるかもしれない。


「うるさいなぁ」

「え?」

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