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「いらっしゃいませー!」


 女性店員が元気な声でおしぼりを持ってきた。見た目は五十歳前後といったところ。もしかしたら店主とは夫婦、つまり店の女将さんかもしれない。


「ありがとうございます」


 そんな設定を考えながらおしぼりを受け取る。ひやり。手に冷たい温度を感じ、残暑厳しい季節にはぴったりのもてなしだと感動した。


 店内のあちこちで笑い声がする。この楽し気な空気を浴びながら彼を待つのが好きだ。これから自分たちも、この店の空気を作る一員になる。そう思うと心が躍った。


「花ちゃん、お疲れ」


 スーツの上着を小脇に抱え、くたびれた顔で彼が現れた。


「お疲れさま、遊君」


 遊君を見ると自然に口角が上がってしまう。


「暑いね。まだビールは外せないわ」


 遊君は壁のメニューに目をやりつつ、首元のネクタイを緩めた。袖をまくっているせいで、右腕を動かすたび筋肉の筋が浮かび上がる。すかさず私の身体は疼いた。


「そうだね、ビール飲もう」


 遊君はすいませーん、と先ほどの女性を呼び、生ビール二杯とポテトサラダ、揚げ出し豆腐、枝豆を注文してくれた。これは私たちの定番メニューだ。最初にお酒とつまみ三品を頼む。そのうちの一つがピリ辛きゅうりになったり、唐揚げになったり、薄切りトマトになったり、その日の遊君の気分で変わる。私は出されたものはなんでも食べるから、注文はお任せだ。


「花ちゃんってさ」


 続きを待ったが、遊君は数秒間黙っていた。


「なぁに?」


 それでもすぐには答えなかった。黙ったままワイシャツのボタンを一つ開け、また壁のメニューに目をやっている。


「どうしたの?」

「あ、うん。花ちゃんって、ものすごくエロい目をするときがあるなって」


 正解。今も開いた首元をガン見していた。早く、そのシャツの下の肌を独り占めしたい、そう思っています。


 なんてことは言わないけれど。私の反応を待つ遊君は面白い。震えた子犬、という表現がぴったりだ。反応が怖いなら言わなければいいのに。たくましい身体の臆病な子犬なんて、本当に可笑しくて笑いそうになる。


「酷いよ。私のことそんなふうに思ってたの?」

「いや、違うんだ。ごめん。そうだよね、花ちゃんはそんな子じゃないよね」


 まただ。こんなことを言って、私のなにを試しているのか。


「私はね、私に一途な人じゃないと嫌なの。だけど遊君のことは好き」

「えっ」


 椅子から腰を浮かせ遊君の顔に近づく。短い前髪に触れると、遊君は何度もまばたきをした。私は出会ったときのことを思い出して、胸の奥が熱くなった。


「もし、遊君も私のことが好きだったら」息がかかりそうなほど顔を寄せ、囁く。「私のことだけを見て欲しいの」


 遊君の喉がごくりと鳴った。

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