12
「花ちゃん?」
暗闇の奥から、よく知った声が聞こえた。周囲を見回すが、すでに霊媒師の姿はなかった。
「なにしてるの? こんな時間に」
「遊君のこと考えてたの」
「俺のこと?」
「うん。そしたらね、出会った場所に来たくなって」
「わざわざ夜中に来なくてもいいのに」
遊君は眉を寄せ隣に座った。
「だって、あのときもこれくらいの時間だったでしょう? 同じ雰囲気を味わいたかったの。それに人もいないし、いろいろと思い出すにはちょうどよくて。そういう遊君は? また遊んできたの?」
コーヒー、香水、煙草、汗。いろいろなものが混ざった匂いがした。人には固有の匂いがある。遊君はたくさんの匂いを纏っているから、それだけ多くの人――女と関わりがあるということだ。
「俺は悪魔になってきたよ」
木の揺れる音が止まった。
私が固まっていると「これからは花ちゃん一筋だってこと!」と恥ずかしそうに言った。
「ごめん遊君。ちょっと意味わかんなかったかも」
「やべぇ。完全にすべってるわ」
遊君は両手で顔を隠した。
「俺、今まで遊んでた女の子たちとはスッパリ縁を切ってきた。全員と話してたらこんな時間になっちゃってさぁ……ほら、連絡先もすっからかん」
遊君はスーツの内ポケットからスマートフォンを出し、画面に連絡帳を表示した。
「家族と会社の人だけ」
遊君と同じ田中という苗字の人が三人と、あとは数人分の登録しかない。その中に女と思われる名前はなかった。
「そうなんだ……」
「今までの女の子たちは俺が誘ったら簡単に応えた。でも君は気がありそうな素振りをするくせに、追いかけても振り向いてくれない。なんでも受け入れる天使みたいな顔で、男に隙をみせない。俺は、そんな花ちゃんが気になって仕方ないんだ」
暗い公園で、二人の姿だけが浮かび上がっている。今はサイレンの音も、虫の声も葉の揺らめきも聞こえない。ただ、遊君の濡れた瞳が私の炎を蝕んでいく。
「ねぇ、花ちゃん」頬に触れた遊君の手は温かい。「今なに考えてる?」
私はその手に自分の手を重ねた。
「遊君の手、大きいなって思った。遊君は?」
「花ちゃんのこと連れて帰りたいなーって思ってた」
どちらともなく、目を閉じて唇を寄せた。また、いろいろな匂いが香ってくる。でも、いいの。これから私の匂いで上書きすればいい。
唇を離し、お互いをきつく抱きしめ合った。遊君の熱を感じる。幸せな温もりだ。
「ねぇ遊君。一応訊くけど、遊君は普通の、”ただの人間”なんだよね?」
「へ? あ、さっきの悪魔のくだり? 真面目に訊かれるとますます恥ずかしいんだけど」
遊君は肩を落としてうな垂れた。この様子だと、本当に冗談を言っただけのようだ。もしかしたら遊君は本当に素直なだけで、今までの発言はすべて真実なのかもしれない。
「ねぇ、霊媒師って悪魔を退治できると思う?」
「花ちゃん、もうそのネタやめて……」




