十一
どこからともなく、虫たちが鈴の音を奏でるように鳴き始めた。ゆるやかな風が吹けば木々が葉を揺らし、大きな音を響かせる。
夜の公園は意外と騒がしい。私はベンチに腰掛けた。遊君との出会いは偶然、私が胸に手を置いたのも偶然。だから悪魔の話をしたのも、きっといつもの悪い趣味。
頭ではそう理解しているのに、胸がざわめくのはなぜだろう。
「大丈夫ですか?」
頭上で声がし、ぼんやりした地面に影が浮かぶ。顔を上げると真っ黒な顔の人が立っていた。あ、違う。サングラスをかけているんだ。
「ああっ、突然すみません。さっきから下を向いて動かないので、どこか調子が悪いのかと」
暗い場所で、さらに見えにくくなるサングラスをかけるなんて。普通の人間ではない、なんとなくそう思った。
「動けるようなら早く帰ったほうがいいですよ。この辺りでは最近”出る”らしいですから」
「出るって……なにがですか」
「よくないモノです」
いつの間にか風はやみ、虫の調べは終わっていた。
「よくないものって、どんな」
私の問いに相手はそうですね、と顎に手をあてた。
「蠱惑的な……怪物ですかね」
黒いレンズと視線が合う。そもそもこちらを見ているのか、目が合っているのかもわからない。この人はいま、なにを見ているのかも謎だ。
「心当たりはありませんか? そういう怪物に」
「特に、ありません」
「そうですか?」相手がしゃがんで顔を覗き込んできた。「本当に?」
私は無意識に唾を飲み込む。男か女かもわからない、不思議な響きの声だった。このままでは、この人に惑わされてしまいそうだ。
「どうして……夜なのにサングラスをしているんですか」
そう、なんでもいい。どうでもいい話をして、とにかく会話を終わらせたい。
「あ、ああ、そうですよね。こんな時間にこんな場所で、こんな恰好をしているなんて怪しいですよね」
失礼しました、と相手は大袈裟に頭を揺らした。
「いろいろなモノが目に写る体質でして。サングラスをすると和らぐんです。仕事で除霊のようなことをしているんですけどね、プライベートはきっちり分けたい。だから普段はサングラスでなるべくシャットアウトするというわけです」
「もしかして霊媒師さんですか?」
そう訊くと、「まぁ、ちょっと違いますけど、そんな感じですね」とため息混じりに返事をした。本当に存在したのか、霊媒師。遊君の冗談じゃなかった。ということは、彼の知り合い?
「ああそれと、甘い香りには気をつけたほうがいいですよ。あなたは気づいていないかもしれませんが」
そう言って相手は立ち上がった。
「よかったですね。私のプライベート中に出会うことができて。では」
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。次第に強い風が吹き、我慢していた木々は一斉に激しく葉を鳴らす。




