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 ジョッキに三分の一残っていたビールを、遊君は一気に飲み干した。


「飲んだあとこうやってジョッキに泡が残るじゃん? この泡のことをなんていうか知ってる?」


 空になったジョッキの内側に、輪っかのような泡の跡がいくつも付着している。等間隔に並ぶ輪は、人工的な模様のようだ。


「知らない。名前があるの?」


 遊君は唇の端を上げ、「エンジェルリングっていうんだ」と答えた。


「天使の輪? 可愛い名前だね」


 大げさに反応してあげると、遊君はとても嬉しそうな顔をする。ほら、今も私の猫なで声に目が輝いた。


「でも、ただビールを飲めばリングができるわけじゃない。注ぐ前の準備が大切なんだ。ジョッキやグラスは綺麗に洗う、乾いたら拭き上げて埃をとる、ビールは適度に冷やす、上手に注ぐ、きめの細かい泡をのせる。この条件を揃えないとエンジェルリングはできない」


 私のジョッキにも泡の跡がついている。遊君に比べ輪の間隔が一定ではなく、なんだか芸術点が低い。


「泡じゃなくて、下のビールを飲むのが綺麗なリングを作るコツだよ。あとは毎回同じ量を口に含めばOK」

「うーん……天使って条件厳しいね」


 フライドポテトの塩気を舌に感じながら、ごく、ごく、ごく、とビールを喉の奥へ流し込んだ。「いい飲みっぷり!」と少し顔の赤い遊君が囃し立ててくる。楽しい時間を過ごすために来ているのだ。リングを気にしながら飲むなんて面倒くさい。


「そうなんだよ。天使は簡単に姿を見せない。でもこの条件は、ビールをおいしく飲むための条件でもある。だからここのお店は、きちんとビールに向き合っているって証明になるね」


 やっぱりいい店だよなぁと遊君はしみじみ呟いた。


「遊君は本物の天使を見たことある?」


 私はもちろんない。でも遊君は学生時代、オカルト研究会に所属していて霊媒師の知り合いがいるらしい。胡散臭い情報ではある。だけどそんな環境にいたのなら、万が一の可能性として訊いてみたくなった。


「ある」


 その声はやけに澄んでいた。酔っ払いで騒がしい店内でもクリアに届く。遊君のアーモンド形の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。


「いま俺の目の前にいるよ」


 彼の緩んだワイシャツの襟元から、太い鎖骨がほんの少し顔を覗かせていた。じっと見ていると喉仏が上下した。


「ええ? なぁにそれ」


 私はわざとらしく甘い声で笑っておいた。君は僕の天使だよ、というギャグなのか、もしかして本気のセリフなのか。実は僕には目の前にいる本物の天使が見えています、という特殊能力を打ち明けられたのか。遊君はいつも紛らわしい。冗談なのか本気なのか、判別が難しいのだ。


「なんか……自分で言って恥ずかしくなってきた」酔いと混ざり、遊君は首まで赤くなっていた。


 こういう空回りをしているところ、人間臭くて可愛いと思う。夢を叶えるなら、やっぱり遊君がいい。

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