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恋よりも深く

作者: とりとり

想いのかたちシリーズ

「 恋よりも淡い」の別視点



子供の頃から本が好きだった。

大人になっても馬鹿騒ぎより、文字を追って物語の世界に浸るほうが好きだった。


若い頃は何度か女性と交際した。だけど、いつも振られる理由は同じ。


「あなたといると退屈なの」


始めは静かな自分を好んでくれても、いつの間にか離れていく。

なんとか頑張ってみた時もあったが、結果は同じだった。

どうやら、僕は感動する部分が年寄りくさかったらしい。


花が綺麗、陽の光が美しい、雨の音が柔らかいーーーそんな気持ちを話すと、いつも不思議そうに笑われた。


いつしか僕は彼女を作ることを諦め、様々なジャンルの本にのめり込んでいった。

本好きの男友達もいたけれど、結婚を機にみんな離れていった。子育てで忙しくて読む時間がないと言っていた。

大変そうだなと他人事に思っていたら、気付けばいい歳になっていた。


「なあ、木内、これ興味ある?本屋にあったんだ」

ヒラリと机の上に置いたチラシには「読書会に来ませんか?」と書いてあった。


「お前、独り身でいつも休みは読書じゃんか。読書好きが集まるサークルに入ると楽しいんじゃないか?」

同じく読書好きな同僚の小林が、余計なお世話を言ってくる。


「実は俺が行ってみたいんだけどさ〜。人見知りだからさ〜。なあ、一緒に行かないか?」

「人見知りって…お前いくつだよ。家族はいいのか?」

「ああ、もう下も中学生だからな。休みの遊び相手なんてさせてくれない」

「おい、泣くなよ…ふーん、読書好きが集まるサークルなんてあったんだな。いいよ」

「おっ!じゃあ、明後日な!」

「ああ」


読書会は、読書好きが集まっておすすめを話し合ったり、読んだ本の感想を言い合ったりするだけのゆるい会だった。

必ず参加しなければならないわけではなく、毎回来る人、滅多に来ない人、様々だった。


自分と同じくらいの本好きの人もいて、話も合って居心地が良かった。


この年で、新しい出会いがあるなんて思わなかったな。


半年ほどして、初めて見る女性がいた。

「はじめまして。椎名です。よろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をした彼女は、少し緊張していたように見えた。


いつものようにお互いのいろんなおすすめ話や感想を聞いて、笑って、楽しんだ。

椎名さんは、みんなの話を興味津々に聞いていた。

読書好きなんだなってすぐにわかった。


回数を重ねるうちに、本の好みが合うと気付いた。

読書会では、よく二人で本の話をするようになった。ほとんどが僕の話だったけど、楽しそうに聞いてくれていた。

ずっと忙しくて読む時間が取れなかったから、オススメが知りたいらしい。


「長く本から離れると、どれが面白そうなのか全然わからなくなるのよ。まさか、自分がこんな風になるなんて思わなかった」


お手上げという風におどけた彼女に、つい言ってしまった。


「じゃあ、僕のオススメ持ってこようか?」

「えっ、いいの?」

目を丸くした彼女は、花が咲くように笑った。


「ありがとう。楽しみ」


それからは、よく彼女にはどんな本が合うかを考えるようになった。

誰かの為に本を選ぶなんて十数年ぶりで、ワクワクした。


彼女は、いつも嬉しそうに貸りていき、次の読書会では興奮しながら感想を言っていた。同じ本で笑い合い、感動を共感しあえて、とても大切な時間になっていた。



本屋で、自分の琴線に触れる本はないか探していた時に一冊の本を手にした。

表紙には綺麗な花の絵が描かれていて、何故か彼女が思い浮かんだ。


帰宅して、静かな部屋でゆっくりと読む。あたたかくて優しい淡い恋物語だった。自然とため息を吐く。


何故だろう。読んでいる間、何度も彼女のことを思い出した。

本棚の空いている本の隙間に差し込む。

週に何度もその本を手に取っていて、気付けばお気に入りの本になっていた。



いつものように彼女へ貸す本を持って読書会へ行くと、少し落ち込んだ様子の彼女がいた。

「どうしたの?具合悪い?」

「なんでもない。何かいいことないかなーって思ってただけ」

苦笑しながら話す彼女は、やはりどこか寂しげだった。


気分を変えれたらいいなと笑ってみせた。

「いいことが起きないなら、起こせばいいよ。はい、これ貸してあげる。今回はファンタジーもの」

「えっ、ありがとう」

ふわりと笑顔が咲いた。

「いいことあったわ」


とても嬉しそうな笑顔に、僕は恋に落ちた。



次の会では、興奮気味に彼女は感想を言っていた。

「また、オススメあったら持ってきていい?」

「いいの?ありがとう!」

中学生みたいなやり取りが、なんだかおもはゆい。

そのまま、僕は勇気を振り絞った。


「あの、今度この本が映画化するんだ。良かったら、一緒に観に行かない?」

「え?そうなの?行きたい!」


彼女の即答に心が躍った。でも次の瞬間、衝撃的な言葉が続いた。


「奥さんと行かないの?」

「あれ?言ってなかったっけ?僕は独身だよ」

「あら?そうだった?まだ中学生の子供が二人いるって」

「それは小林だよ」

「やだ、ずっと勘違いしてたわ」


小林のせいで、僕が家庭持ちなのにデートに誘う最低野郎になってしまった。最悪だ。


「君もそうでしょ?」

「え?私は結婚してるわ。もう息子は大学生で巣立ったけどね」


指輪をしていなかったから、てっきり独身だと思っていた。

そうか、結婚していたのか…胸がキリキリ痛む。


「えっ、ごめん。じゃあ映画行くなんて良くないよね」

「あはは、気にしないで。うちは私が何をしても興味ないわ。だから大丈夫」


彼女はあっけらかんとすごいことを言う。

興味がない?君に?嘘だろう?

彼女の夫はこんなに楽しい時間を共に過ごしてないのか?何をしてるんだ?


「じゃあ、夫のOK取れたら行かない?」

サラリと言う彼女に戸惑ってしまう。他の人ともこんな風に出掛けているんだろうか。

「それなら、いいけど…」

「ふふっ、聞いてみるわね。何曜日がいいかな?」

「うーん、来週の土曜日かな」


彼女は、スマホにメッセージを打つとポイとテーブルに置く。少しすると返事が来た。

「良いって」


……何で?あっさり承諾する彼女の夫が理解できなかった。

「そっか。じゃ来週の土曜ね」

「うん」

平静を装いながら、自分のやっていることに罪悪感が見え隠れする。


この気持ちは、蓋をしないといけないんだな。



土曜日、彼女と一緒に観た映画は楽しかった。

ただ、純粋に映画を楽しみ、余韻を話し、笑い合った。

好きな子と一緒に出掛けるだけで心が躍るーーー学生の頃にしたような、そんな楽しみ方だった。


その後も、読書会では彼女に会う。今ではお互い本の貸し借りをして、感想を言い合う。


たまに出かけるが、手を繋ぐこともない、ただ楽しく語らい遅くなる前に帰る。子供のような、素朴なお出かけだった。


側で笑う彼女を抱き締めたい。何度も心が揺れた。

帰り際、名残惜しそうな表情が愛おしかった。


それでも我慢できたのは、彼女にとって家族は大事だからだ。彼女の人生を壊すつもりはない。


この年で、大恋愛は出来ない。

彼女には幸せに生きてほしい。


恋人にはなれないけれど、友人としてずっとそばにいられるなら、それでいい。


でも、ほんの少しだけ、この気持ちを彼女に渡したかった。


「これ、あげる。誕生日って言ってたから」


いつかの、表紙に綺麗な花が描かれた本。

どうか受け取ってほしい。



ーーー僕は君が好きだ。







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