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6. 宴の後

 ロレンシオと別れた後は、少し甘めのワインを飲みながら、フォアグラのパテをつまんだ。あまりがっつく訳にいかないが、さすが王家の威信をかけた夜会。出される料理がどれもおいしい。


 一人でワインを飲んでいると、同じく一人で心細そうな絵師のマヌエルが話しかけてきた。最近、彼の絵画は中央画壇をはじめとして、評価がうなぎ昇りだ。それで、宮廷での仕事も増えた。今日は平民だけど特別枠で夜会に招待されたそう。


 マヌエルは、着慣れないだろうタキシードに身を包み、ぎこちなく震えていた。まあ平民がこういう場所にお呼ばれするって、とっても栄誉なことだけど、慣れてないとつらいわよね。


 それから私たちは、この前手紙でやり取りした新しい絵本の話をした。彼も素敵な童話だと、マヌエルも興味を示してくれていた。挿絵にしたいシーンについて二人で話し合った。


 途中、彼の絵に興味を持っていたご婦人が話しかけてきたので、私が代わりに彼のすばらしさをプレゼンしてあげた。すると婦人はいたく感激して、自分の肖像画を依頼して去っていった。案外こういうの向いているかも知れないと思った。


 宴もたけなわ、帰路に着く。少し酔っぱらった私は、馬車の小窓を開けた。夜風が涼しく、火照った頬を冷やしてくる。酔いが醒めてきて、父の方に目をやると、何やら少し思案顔だ。一体どうしたんだろう?


「――落ち着いて聞いてくれ、フロレンシア。アルバ公爵家のロレンシオ様だが……。」


 さっきまで黙っていた父が、おもむろに口を開いた。


「お父様、ロレンシオがどうしたの?今夜は、一曲踊らせていただいたけど。」


「私も聞き間違いかと思ったんだが、彼が――お前に求婚したいそうだ。先ほど、父親のアルバ公爵と共に、私のもとに願い出た。」


「何をおっしゃっているの?ロレンシオって、5歳も年下よ。同年代にもっと素晴らしい女性がいるでしょう。それにうちは子爵家よ。公爵家となんて、まるでつり合いが取れないわ。」


「だが、高位貴族の求婚された以上、無下には断れん。まあ、私としては娘が高位貴族、しかも王家にも、隣国の王家にも、つながりをもつ公爵家に嫁ぐなんて、夢みたいな話だがな。ただ君はもう5度も婚約を失敗しているし、私もいろいろと自信を無くしてしまった。今回は君の意見を優先するから、まずは彼とよく話し合いなさい。」


「いやいや、話し合うも何も。公爵家のおぼっちゃまに対して失礼だけど、彼をもう一人の"弟"だって思っているの。結婚相手としては考えられないわ。」


 だけど冷静に考えて、子爵家の娘が公爵家の嫡男に求婚されて「弟としてしか見れません。だから結婚は難しいです」では許されないだろう。馬車に揺られ、小窓から差し込んだ月光が私の頬を照らした。首元の家宝のブルーダイヤが艶めかしく輝いた。


 家についた後、侍女のブランカに手伝ってもらって、ドレスを脱いだ。レースに、ビーズに、スパンコールに、やたら豪華な装飾がついたこのドレスを一人で脱ぐのは難しい。コルセットを外してもらいながら、ブランカに今日の王宮夜会の話を聞いた。ロレンシオの求婚には、彼女も少し困惑気味だ。


「あの、ロレンシオ様が、お嬢様に求婚!?」


「そうなのよ。多分幼い頃の憧れみたいなものね。私が婚約破棄されたと聞いて、うっかり求婚しちゃったんだと思う。でも"姉"として、彼にちゃんと会って話すわ。年も爵位も合っていない、あなたにはもっと素晴らしいお相手がいるわって。」


「そういえば、ロレンシオ様が、このお屋敷に遊びに来られた時のこと、よく覚えています。あの時も、姉様、姉様ってお嬢様から離れなかったですもんね。」


 ふと、机の上に置きっぱなしになっている童話の翻訳が、目に入った。ユニコーン獣人か……。


 ロレンシオは獣人の血が濃い訳ではないと言っていたけれど、彼にも"番"の本能はあるのだろうか?だとしたら……、まさか私は彼の番なのだろうか?いや、そんな訳ない。じゃあ逆に――ある日突然「他に番が現れました」とか言って、婚約を破棄されるかもしれない。そうしたらもっと最悪だ。


「――とにかくもう、婚約破棄だけはこりごりだわね。」


 そうつぶやくと、ブランカが激しく、コクコクと頷いた。どうしてこうも結婚運がないものか。深いため息をついた。


「あれ、お嬢様の耳元……。」


 サファイアのイヤリングを外しながら、ブランカが不思議そうな顔をした。


「あら、どうかしたの?」


「少しですが、耳裏が赤くなっています。」


 そう言われて手鏡を渡された、ドレッサーの鏡と合わせて、耳の裏側を覗いた。


「ほんとね。虫にでも刺されたかしら。」


 そしてふと気づいた、これはさっきロレンシオが口づけをしてきた場所だ。深く吸われた感じはしなかったんだけど、赤くなってしまうとは。でも髪の毛を上げなければ、気づかれない位置だ。そんなに気にする必要もないか――そう、その時は思った。

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