5. 再会
きょろり、きょろりと周りを見渡すと、すぐに学生時代の友人が、ホールの端っこに集まっているのを見つけた。うれしくなって駆けより、話しかけた。
しかし当たり前だが、彼女たちは立派な貴族夫人になっていて、もう既に子どもも何人かいる。子どもの教育や夫の愚痴なんかを話していて、独身生活を謳歌しているのは私だけだった。 その会話から、自分だけが人生のステージを進めずに取り残されているのだと悟った。
周りはそんな私に気を遣ったのか「きっと次こそは大丈夫!」と、根拠なき「大丈夫」を連呼していた。ほっとできるかと思って話しかけたのに、逆に少し気疲れしてしまった。私も父のように、仕事につながるような相手と会話をしよう、そう思って彼女たちの輪から離れた時だった。
「フ、フロレンシア嬢かい?久しぶり。覚えているかい?セレスティノだよ。――あの時は、悪かった。君は……変わってないね。先ほどのダンスは思わず、見惚れてしまったよ。」
振り返ると、侯爵家に婿入りしたはずの二番目の元婚約者・セレスティノが立っていた。
「お久しぶりにございます。アレジャーノ次期侯爵。」
「……昔みたいにセレスティノって呼んでくれて構わないよ。」
「いえ、とんでもない。このような正式な夜会でそのような無礼なことはできません。我が家は子爵家、立場をわきまえていますわ。」
「フロレンシア嬢……今日もスアレス子爵と一緒に入場したってことは、君はまだ独身で決まった相手もいないってことかな?君のように聡明で、美しい女性を放っておくだなんて、他の男たちには驚きだよ。――再会を記念して、一曲どうだい?」
「お断りいたします。私みたいなものと話されていては、また奥様が嫉妬なさりますよ。」
セレスティノの妻であるグロリア夫人の嫉妬深さは貴族たちの間でも常軌を逸したものだと有名だ。遊び人で有名なセレスティノに業を煮やして、あるセレスティノの浮気相手には濡れ衣を着せて牢獄に送ったという噂まである。これ以上、彼に関わらないのが吉だ。
「あの女のことは、もうどうだっていいんだ。彼女も二人の男児を生んだし、他に男だって作った。もう好きにしていいと言われている。だから……。」
思わず、眉間にしわを寄せた。
「あの、おっしゃっている意味がよく分からないのですが。」
「婚約破棄は、侯爵家に圧力をかけられて、仕方なかったんだ。君を振ってしまったことを後悔している。だから、もう一度君とやり直し……。」
そこまで、セレスティノが話したところで、美しい銀髪の青年が、私を軽く後ろから抱き寄せた。
「やあ、アレジャーノ次期侯爵。ごきげんよう。フロレンシア嬢は私と次の曲を踊る約束があるので、借りていくぞ。」
ロレンシオだ。いつの間にか、私よりも身長が高くなった彼の胸元に、少しほっとした。そのまま彼に導かれ、ホールの真ん中の方に移動した。
「ありがとう、ロレンシオ。助かったわ。一体何のつもりなのかしらね、あの男。」
「姉様のことを、愛人にでもしようと思ったんじゃないですか?ほんと失礼な話です。」
「全くなめられたものね!」
「それにしても、姉様。今日はいつにも増して美しい。まるで女神がこの世に降り立ったかと思いました。――そういえば、スアレス子爵と入場されていましたが、まさかまた婚約破棄ですか?」
ロレンシオは、どうして毎回そんなにうれしそうなんだ。少し腹が立ったが、気丈に答えた。
「そのまさかよ。でもね、破談も5回目ともなると、女だって強くなるものよ。そうだ、ロレンシオ。この前頼んだ童話の翻訳ありがとうね。あなたの訳、いつも通り、言葉選びがとてもきれいで繊細で、私もときめいちゃった。素敵なお話だから、書籍化に向けて頑張らせていただくわ!」
「あの話、実はテリソート現王家の始祖の話なんです。童話といっても、歴史的にみて大事な書物です。翻訳も姉様に気に入って頂けたようで何よりです。」
「うんうん。やっぱりロレンシオは翻訳の天才だと思うわ。またよろしくね。――そういえば、あの絵本が史実に基づいているとしたら、もしかしてあなたにもユニコーンの血が混じっているってことかしら?」
「そういうことになります。ユニコーンは血が強いので、テリソートの王族は代々ユニコーンの獣人です。僕の祖母もテリソート王家の出身ですから、もちろん僕にもその血が混じっています。まあ獣人と言ってもクォーターですから、そんなに血が濃い訳ではないですが。」
獣人って、"番"って呼ばれる特別な存在がいて、その人と出会ったら最後、ものすごく執着するらしい。結婚も番が現れるまで何年も待つ人もいるし、もっとひどいと番に会った途端に今までの配偶者と離婚して番を選ぶ人までいると聞いたことがある。――なんだかロマンチックだけど、私は巻き込まれたくはない。正直、人間同士の結婚より、はるかにめんどくさいと思ってしまった。
「せっかくですから、一曲どうです?姉様。」
「あなた今年、社交界デビューよね?いつまでもパートナーを放ったらかしにしていると、あなたも婚約破棄されちゃうわよ。」
「僕のことは気にしなくていいです。婚約者はいないですし、それに、今日のパートナーは第3王女のカサンドラ様ですから。」
カサンドラ様は、遠方の中立国へ嫁ぐことが決まっている。今晩の宴には婚約者の王子が来ることができず、縁戚で独身のロレンシオが代わりにエスコートしたそうだ。
「では、分かったわ。ロレンシオ一曲、どうぞよろしくお願いします。」
優雅にカーテシーで挨拶した。ロレンシオに手を取られ、ホールの真ん中に飛び出した。ワルツの三拍子に合わせてステップを踏む。さすがロレンシオは高位貴族だ。きれいなステップを踏む。
美しい銀髪に見惚れていると、ふと抱き寄せるかのようにして、ロレンシオが首元に鼻を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと、ロレンシオ近いわ。」
もともと彼は私に対して、少しスキンシップが激しめで、小さい頃から「姉様、姉様」と言っては、抱きついてきた。でも、大きく育った彼に抱き寄せられると、いくら"弟"だと思っていても、少しドキドキしてしまう。
「――今回のお相手も、姉様に手を出さなかったんですね。ふふ、良かったです。」
どういうこと?もしかして獣人の血が入っていると、そういう経験があるかどうか、匂いで分かってしまうの!?突然変なことを言いだすから、恥ずかしくなった。
「ちょっと変なこと、確認しないで。……まあでも、私って色気がないのかしらね。あのセレスティノですら、交際期間中、私に手を出さなかったんだから。」
「いえ。姉様の目が素晴らしいのでしょう。結婚前に手を出す男なんて大体クズですから。」
「本当に審美眼が優れていたら、5回も婚約を破棄されたりしないわ。ロレンシオ、あなた私を揶揄っているの?」
「いいえ、ほめてますよ。」
一曲踊り終えると、軽く噛みつくように耳元にキスをして、「これで大丈夫」と意味深なことを言って、私の元を去っていた。あのかわいかったロレンシオが、いつからそんなことをする子になってしまったのか。私は顔を真っ赤にした。