3. 医務室
ロレンシオに挨拶した後、侯爵家も順に回っていく。セレスティノはグロリア夫人と一見仲良さそうに参加していた。この前セレスティノが言っていた、"番取り違え事件"が嘘のようだ。グロリア夫人もいくら番とはいえ、平民の男を到底次期侯爵として据えられないこと、貴族社会から認められないことは分かっているのだろう。あまりいい噂を聞かない彼女にも貴族としての矜持はあるようだ。
全ての列席者に挨拶を終えて、自席に戻った。シャンパンを飲みながら、オードブルのホタテのソテーの泡仕立てを頂く。軽くバターでソテーされた大ぶりのホタテとふんわりと泡立てられたバジル風味のクリームソースがよくマッチしている。
「ああ、美味しい!いくらでも食べられる味ね。」
「フロレンシア。少し落ち着いたら、医務室に行って、体調不良者の様子を確認してきなさい。」
「もちろんですわ。お父様。」
オードブルを綺麗に頂くと、中座し医務室に向かった。古城の中はどこかひんやりとして、廊下にヒールの足音が響いた。
――ツカッツカッ
背後から、別の革靴の音が響くのに気づいた。この先には、医務室しかない。まさかまた体調不良者か……。そう思って振り返ると、そこにはセレスティノがいた。
「……セレスティノ?どうしたの?この先は医務室しかないわよ。あなたも体調が悪いの?なら使用人に言って案内させるわ。」
セレスティノが不敵に笑った。
「君はこの先には行かない方が良い。面白いことになっているから……。」
「……面白いこと?」
「その耳裏の誓印ってやつ、アルバ次期公爵の貞操が破られない限り消えないんだろう?」
「ええ、そうベルトランが言ってたわね。」
「じゃあ、それもうすぐ消えるよ。」
こんなに愉快そうなセレスティノを初めてみた。
「……ちょっと、それどういう意味?」
「自分がやられたことをやり返しただけさ。」
セレスティノが静かに笑った。
「――アイツらが俺にしたことはもう話しただろう?それと、君の4番目の婚約者にしたことは知っているかい?」
私は小さくうなづいた。
「番誤認薬は、この国では違法じゃない。作り方は今回魔術師にポーションの分析をさせて、大体分かった。だからね、真似させてもらった。君は興味なかったみたいだけど、アルバ次期公爵とどうしても結婚したいって言う貴族令嬢はとても多いんだ。そのうちの一人にどういう使い方をしてもかまわないと薬を渡した。」
「……え!?」
「でもね、それだけじゃ獣人の血が薄い彼は反応してくれないんじゃないかなと思って、少し工夫もさせてもらった。」
――媚薬。真っ先にそれが頭に思い浮かんだ。私の匂いがする女性を目の前に置かれて、強力な媚薬を盛られていたとしたら……。
「あなた、まさか!!なんてひどいことを。」
「証拠はないし、俺を責めるなら、アルバ次期公爵のことも責めるべきだ。君も求婚を拒否したというのは同じ気持ちなんだろう?耳裏に厄介なものつけられて、かわいそうに……。もうすぐ自由になれるよ、フロレンシア。俺とやり直そう。ベルトランが貿易会社を興すの人手を欲している。貴族はやめることになるが、多分それなりに、食っていける。」
そう言って、手を強く握られた。手を握られたくらいでは、誓印は反応しない。でも――この男に触られるのが生理的に嫌だった。
「他人にされたことを、やり返して良いという論理は間違ってるわ。それに、あなたは私を捨てて、グロリア様を選んだ。それは間違いなく、あなたの判断だったはずよ。」
握られた手を振り解いて、医務室に走った。
「ロレンシオ!!」
一見、体調が悪いようには見えない貴族令嬢が、ベッドの上に腰かけている。奥から医師が出てきた。
「これは、フロレンシア様。」
「ロ、ロレンシオ……、アルバ次期公爵がこの部屋に来たはずだけど、どこかしら。」
「フロレンシア様、ちょうどその件、ご報告に伺おうとしていたところでした。アルバ次期公爵ですが――部屋に入ってくるなり、その……尻尾と角が生えたんです。彼にテリソートの血が入っているのは、もちろん知識として知っていましたが、お恥ずかしい話、私獣人をみたのが初めてで、とても驚いてしまいまして。その姿を見られたことを恥じたのか、使用人を振り払ってどこかに行かれてしまいました。皆で今懸命に行方を探してます。」
違う――医者が驚いたからじゃない。部屋に入って私の匂いがして、媚薬の効果で本能のままに私を傷つけてしまうことを恐れて、身を隠したんだ。




