7. 晩餐
薔薇会は美しく、そして優雅にその幕を下ろした。片時も離れないロレンシオに多少困惑したけど、エスコートはとても丁寧で、安心して身をゆだねられる相手だと思った。私たちは馬車に乗りこんだ。
「今日は楽しかったわ、ロレンシオ。」
「フロレンシアにそう言ってもらえるとうれしいです。」
別れ際、ロレンシオは軽く、私のおでこにキスをした。いきなりの不意打ちに、顔が熱い。もちろん文句を言ったけど、不敵な笑みで交わされた。
火照りながら家に入ると、オスカルたちが先に戻っていた。
「フロレンシア姉様!興味深いお話を伺いましたわよ!」
そう言って、アイナ嬢が駆け寄ってきた。
「アイナ、立ち話もなんだし、食堂に行こう。姉上、今日はうちのディナーにアイナを招待しているんです。」
このままだと、延々しゃべり続けると察したのか、オスカルが制した。
「ありがとう、オスカル。私は身支度があるから、先に食堂でゆっくりしていて。アイナ嬢、お話はディナーの時に。」
「はい、分かりました。フロレンシア姉様。」
自室に戻ると、ブランカに手伝ってもらって、急いで身支度を整えた。
「お待たせしたわね。では、食事の準備を。」
まずは前菜の野菜のテリーヌが給された。これは、うちのシェフのスペシャリテで、客人が来たときは必ずこの皿を出す。色とりどりの季節な野菜の断面が美しい。食べるのがもったいないということだけが、この料理の最大にして唯一の欠点だ。
テリーヌにナイフを刺していると、アイナ嬢から話を振ってきた。
「フロレンシア姉様、今度はアルバ公爵家のロレンシオ様が求婚してきたそうですね。本当によくおモテになる。」
「あら、耳が早いのね。オスカルから聞いたのかしら。」
「いいえ、もう令嬢たちの間で噂の的ですわ。もともとロレンシオ様って、全ての結婚の申し込みを断っておられたんですの。そんな彼が求婚したってだけで、私たちの間では、一大ニュースです。今日の薔薇会で、お二人が並んで歩く姿を見て、みんなお似合いだって、ほめてました。」
アイナ嬢は優しいから決して教えてはくれないが、貴族令嬢たちがどんな噂をしているのかは、なんとなく分かる。5歳年上で、婚約破棄5回の子爵令嬢。片や、イケメンの公爵家子息だ。――よく思われている訳がない。きっと話に、尾ひれと背びれがくっついて、とんだ地雷令嬢だって、面白おかしく噂されているだろう。
「でもフロレンシア姉様はすごいですわ。だって一度破談になっても、すぐに次の方からお申込みがあるんですもの。そういえば、4番目の婚約者の方ですが、覚えてらっしゃいます?今日、その話も聞いてきたんですけどね。それがまたすごいんですよ。」
「フリオね。忘れもしないわ。一番嫌な思い出ですもの。」
今日、見かけた彼の悲し気な瞳が一瞬脳裏をかすめた。
「実はフリオ様、お姉様の大ファンで、婚約破棄されたと聞いて、うれしくて婚約を申し込んだそうなんです。」
「アイナ嬢、フリオはいつも半分くらいしか人の話を聞いてなくて、そんな風には見えなかったわよ。」
「それがですね。実は……義妹のアヴリル嬢がフロレンシア姉様との婚約を破談にしようと、強力な媚薬をフリオ様に盛って、わざと襲わせたって話で……。」
媚薬……?そんな危ないものはうちの国にはないはずだ。
「媚薬はうちの国では、発売禁止のはずだけど……。」
「隣国テリソートだと街角でも普通に売られているんです。ほら獣人文化に馴染めない人間のために。」
胸の鼓動が速くなる。フリオが私を好きだった?義妹に媚薬を盛られた?
「その媚薬って、どんなお薬なのかしら。」
「それはもうすごいらしいですよ。獣人の愛に応えるための媚薬ですからね。一度飲んだら、一晩中、狂ったように目の前の相手を求めるとの噂です。」
そして、ふと思った。――テリソートか。
「アヴリル嬢は、テリソートに縁があるのかしら?」
「そこがちょっと不思議なんですよね。彼女、養女だから自由になるお小遣いもほとんどなかったはずなのに。」
「誰かが、彼女にその薬を渡したってことはあるかしら?」
「なんか、推理小説みたいになってきましたね。アヴリル嬢と私同級生なので、共通の知り合いが多いんです。フロレンシア姉様のためなら、探りを入れておきますよ。」
「ありがとう、アイナ嬢。よろしくお願いしたいわ。」
そういって、気持ちを落ち着けるために、テリーヌを口に運んだ。
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