第八章 赫き夜明け
夜が完全に明ける直前。
鶴舞倉庫街にはすでに名古屋市警の特殊部隊と救急車両、報道のクルーたちが押し寄せていた。
炎に包まれた倉庫から立ち上る黒煙は、名古屋の朝焼けを赫く染める。
“裏名古屋”の象徴だったG-HAVENの終焉を告げる、まさに赫き夜明けだった。
蓮は、まだ意識の朦朧とするユウトを抱えながら、裏道を駆け抜ける。
背後で響く銃声と怒号。
だが、もう怯えてなどいなかった。
すべてを終わらせるために、この手を血で染めた。
そして、守るものができたから。
「ユウト、もう少しだ。あと少し、ここ抜けたら、名古屋の外に出られる」
ユウトはかすかに笑った。
「……生きて、いいの?」
蓮の目から、一筋の涙が零れた。
「ああ、生きろ。お前はもう、誰にも触れさせねぇ」
一方、燈は倉庫街の中心で、銃を構えたまま鳴海駿介を睨みつけていた。
「終わりよ、議員サマ。
あんたの秘密も、権力も、もう何も残っちゃいない」
鳴海は血の滲む額を押さえ、醜く笑った。
「この街の闇は、俺一人じゃねぇんだよ、嬢ちゃん。
代わりはいくらでもいる」
燈もまた笑った。
「じゃあ、その“代わり”も全員燃やしてやるわ。私は、闇よりしぶといのよ」
その瞬間、警察の突入班がなだれ込み、鳴海と生き残った絢斗の手下たちを次々と取り押さえる。
報道カメラが倉庫街を映し、議員の醜悪な素顔と、
薬物と性搾取の現場が全国へと配信された。
名古屋の闇の街が、赫き光に焼かれていく。
数時間後。
名駅近くの安アパート。
柚衣と燈、蓮、そしてユウトが肩を寄せ合うように座っていた。
部屋の隅には、柚衣が昔から持っていた古い聖書。
そこに刻まれた「悪しきものもまた、救われる」という一節を、蓮が静かに指でなぞる。
「お前ら、本当に……ありがとうな」
ユウトがぼそりと呟いた。
柚衣は微笑み、ユウトの髪を撫でる。
「生きろよ。絶対に、あの街に戻っちゃだめ。誰が何を言おうと、自分の命を一番大事にしな」
ユウトの目から涙が溢れた。
燈は静かに立ち上がる。
「私はもう少し、この街でやることがあるわ」
柚衣が心配そうに問いかける。
「燈……また命張るつもり?」
「まだ終わってないのよ。この街の上には、もっとデカい連中がいる。
鳴海なんて、ただのコマ。私たちが生き延びるためには、根っこから引っこ抜くしかない」
蓮も立ち上がり、燈の肩に手を置く。
「だったら、俺も行く」
「お前はもう十分だろ」
「違ぇよ。今さら俺だけ逃げて生き延びても、意味なんかねぇんだ」
燈と柚衣は、しばし無言で見つめ合い、やがて苦笑し合った。
「……ほんと、バカね」
「褒め言葉だ」
赫き夜明け。
名古屋の街は、いびつな欲望と差別の街は、まだ生きている。
だが、そこに抗い、闇に傷をつけた者たちがいた。
蓮も、燈も、柚衣も、ユウトも。
傷だらけでも、生きると決めた。
生き抜いて、いつかこの街のすべてを燃やすと誓って。
第一部・完