第七章 血とドラッグの取引
名古屋・鶴舞倉庫街の奥。
夜が明ける直前の湿った空気のなか、G-HAVENの裏倉庫では、ただならぬ緊張が漂っていた。
絢斗の手下たちが黒いボストンバッグを並べ、その中にはパケ詰めされた白い粉末、それに金の札束がびっしりと詰まっている。
さらに、薄汚れたコンテナの奥からは、何人かの縛られた若い少年たちが引きずり出される。
怯えきった表情。荒れた唇。痩せ細った身体。
「動くんじゃねぇぞ、クズどもが」
銃を構えた男たちの怒号が響く。
そこへ、一台の黒塗りの車が静かに滑り込んできた。
運転席から降りたのは、鳴海駿介。
表の政治家の仮面を剥がし、今は完全な裏社会の顔だ。
「……揃ってるか」
絢斗が軽く頭を下げる。
「ええ、議員。今夜の取引分、上物のドラッグに、ガキども。
それに例のヤバい映像も、きっちり手配済みです」
鳴海は満足げに頷き、パケのひとつを取り上げ、指先で粉を少し舐める。
「純度は?」
「98パー。メキシコ直輸入の極上もんです」
「良い。……で、あの小僧は?」
「逃げたガキ、例のユウトなら奥のコンテナに。今夜の“ショー”のメインです」
鳴海の口元が歪んだ。
「久々に……極上の獲物だな」
倉庫の陰では、蓮が様子を伺っていた。
胸の内で、怒りと恐怖がせめぎ合う。
――あいつらは人間じゃねぇ。
だが、今ここで仕掛ければ、ユウトも柚衣も、燈も、全員巻き込まれる。
それでも蓮は、この手を汚す覚悟を決めていた。
腰には燈から託された22口径の拳銃。
薄く汗ばむ手で、それを握りしめる。
そのとき、倉庫の反対側の入り口から、燈の車が滑り込んできた。
燈はサングラスを外し、ドレスの裾を翻して降り立つ。
絢斗が振り向き、口元を歪める。
「おお、燈。よく来たな。てめぇの死に場所だってのに」
燈は笑い、華奢な肩をすくめる。
「死に場所?誰のよ。……あんた達、今夜で終わりよ」
燈はバッグからUSBメモリを取り出し、掲げた。
「この中には、鳴海議員の性接待動画、G-HAVENの裏取引記録、ドラッグのルート情報、全部入ってるわ」
場の空気が一瞬凍る。
「なに……?」
絢斗の顔が歪み、鳴海も目を見開く。
燈は続けた。
「今、このデータは名古屋市内の記者クラブと警察署、主要マスコミに同時送信済み。
もう手遅れよ」
「貴様ぁ!!」
絢斗が銃を構えた、その瞬間――
倉庫の奥から、銃声が鳴り響いた。
バン!
撃ったのは蓮だった。
「てめぇら、地獄へ堕ちろ」
蓮は絢斗の右腕を撃ち抜き、絢斗の銃は地面に落ちる。
場内が騒然とする中、燈が叫ぶ。
「今よ!柚衣、シンジ!!」
倉庫の屋根からドローンが飛来し、ライブ映像を外の警察車両と記者クラブへ送信開始。
さらに、柚衣とシンジが隠し持っていた火炎瓶を投げ込む。
ゴウッ!!
倉庫内のドラッグが燃え上がり、男たちの悲鳴が響く。
炎と煙、銃声、怒号。
混乱のなか、鳴海は逃げようと車に乗り込むが、燈が放った銃弾がフロントガラスを貫き、額すれすれに突き刺さる。
「動くな。死にたくなきゃな」
燈の唇は微笑んでいたが、瞳は氷のように冷たい。
炎の中、蓮はユウトを抱え、柚衣とシンジとともに外へ。
「行け!お前ら先に逃げろ!」
柚衣が叫び、蓮が頷く。
ドローンの映像はすでに警察のデータベースに送信済み。
名古屋の闇の象徴は、今まさに崩壊しようとしていた。