第六章 闇サイトと女装の男
夜が白みはじめる直前の名古屋、納屋橋の裏手。
川沿いにひっそりと佇む廃ビルの一室。
その古びたビルの奥で、一台のノートパソコンの光が妖しく浮かび上がっていた。
そこにいるのは――新堂 燈。
細身の身体に銀色のロングウィッグ、白のスーツドレスに赤いルージュ。
どんな男も女も、目を奪われるほど艶やかな女装の男。
だが、その指先が操るのは、名古屋の裏社会の闇を一手に握る闇サイトだった。
燈のパソコンの画面には、いくつものタブが開かれている。
表向きの出会い系、ドラッグ売買、売春斡旋。
だが、そのさらに奥――限られた者しか辿り着けない“G-NET”の特殊サイト。
そこでは、同性愛者の売買、脅迫用の動画、性嗜好の違法サービスが堂々と取引されていた。
燈はその情報網の主だ。
議員・ヤクザ・腐敗警官、誰もが燈の前では素顔をさらす。
パチパチとキーを打ちながら、燈は呟く。
「絢斗……鳴海……みんなまとめて地獄に落としてあげるわ」
柚衣からのメッセージ。
絢斗が動き出し、蓮が命を狙われ、ユウトが再び捕まったこと。
そして、今夜すべてを暴く準備が整ったこと。
燈はすべてを知っていた。
なぜなら、G-HAVENの監視カメラ映像も、この闇サイトに直結していたからだ。
燈は別のタブを開き、
「映像リスト:鳴海議員」のデータを確認する。
再生ボタン。
画面には、スーツ姿の鳴海が、幼い少年の肩を抱き、甘ったるい笑みを浮かべる姿。
その映像の先には、例の倉庫。
燈はそれをSDカードにコピーし、さらに複数のクラウドストレージへと転送。
万が一、自分が消されてもデータは残る。
「この街じゃね、正義も法律も死んでるのよ。生き残るのは悪か、悪より賢い悪だけ」
燈は冷笑した。
そのとき、携帯に着信。
表示は非通知。
燈は眉をひそめ、慎重に通話ボタンを押す。
『……あんたが燈か』
聞き覚えのない、低く濁った男の声。
「誰?」
『お前の動き、全部見えてるぞ。柚衣も、蓮も、ユウトもな』
燈の指が止まる。
『今夜、G-HAVENに来い。一緒に来なきゃ、全員殺す。
選べ。裏切り者の末路を味わうか、俺の犬になるか』
通話が切れる。
燈の胸に、微かな恐怖がよぎった。
ただの脅しじゃない。奴らは燈の居場所も、パソコンのIPも割り出している。
だが――
「上等じゃないの。こっちはとっくに覚悟決めてんだ」
燈はデータを外付けHDDにコピーし、それをバッグに詰める。
さらに、胸元のホルスターから小型の22口径のオートマチック拳銃を取り出し、ハンドバッグに忍ばせた。
「さぁ、名古屋の地獄の蓋、開けましょ」
夜が明ける。
G-HAVENの倉庫街では、既に絢斗の手下たちが準備を始めていた。
今夜、すべてが決まる。
燈の車は、静かに闇の中を走り、やがて倉庫街の入り口へと滑り込んでいく。
その顔には、怯えも迷いもなかった。
ただ、瞳の奥に宿るのは、名古屋の闇を燃やし尽くす復讐の炎。