次元を渡る食客:愛と胃袋の契約
「こ、こいつらは……!?」
ハーベルは言葉を失った。
彼らが放つ魔力は、さっきのサリエルの比ではない。混沌とした、全く未知の力が彼らの全身から漲っていた。
「あれ? もしかして、先に侵入者がいたっスか? じゃあ、バトルっスね! 強い方が美味しいって、ママが言ってたっスよー!」
異形の集団の一人が、ハーベルたちを指をさし、奇妙な歌を歌い始めた。
その歌声は、空間そのものを震わせ、ハーベルたちの精神を直接蝕むような不快な波動を放つ。
「くそっ! サリエルの分身どころじゃないぜ!」
ホムラが炎の魔力を高める。
「これは……異次元からの来訪者ですわ! 」
リヴァイアが顔色を変える。
「どうするでござるか、リーダー!?」
フウマがハーベルに視線を向ける。
ハーベルは、目の前の突拍子もない事態に呆然とするしかなかった。サリエルとの戦いを前に、まさかこんな予測不能な展開になるとは……。
その時、リヴァイアが何かを思い出したように呟く。
「ハーベル! 慌てないで! 彼らは『捕食者』と呼ばれる存在。次元を超えて、強大な魔力を持つ世界を『喰らい尽くす』のが目的ですわ。戦闘を仕掛けてはダメ! 彼らには『究極的な魔力を持った食べ物』が有効なのよ……。」
その言葉に、ハーベルの脳裏に一つのものが閃いた。
••••••••••
究極的な魔力を持った食べ物……まさか、あれが!?
••••••••••
ハーベルは、懐から大切に包まれた包みを取り出した。
それは、旅立つ前に、仲間であるネルが心を込めて作ってくれた、手作りのお弁当だった。
見た目はごく普通の、いや、むしろ少し不恰好な握り飯や卵焼きだったが、ネルの温かい気持ちが込められた、ハーベルにとってかけがえのないものだ。
ティーカップ頭の異形が、ハーベルにさらに一歩踏み出し、ギラギラとした目でじっと見つめていた。
その視線は、獲物を見定めているかのように粘着質で、ハーベルの持つお弁当に吸い寄せられているようだった。
「お兄ちゃん、なんか美味しい匂いがするっスねぇ……。ボク、お腹ぺっこぺこっスよー!」
異形はハーベルの持つお弁当に手を伸ばそうとする。
ホムラたちが割って入ろうとするが、ハーベルは手を上げて制止した。
「待ってくれ! これを、君にあげよう!」
ハーベルは、恐る恐るお弁当を異形に差し出した。ホムラたちは驚きで目を見開く。
「ハーベル! 何を考えてるんだ!?」
ホムラが叫んだ。
ティーカップ頭の異形は、ハーベルの手元にあるお弁当をじっと見つめた。その瞳に、一瞬、戸惑いの色が浮かんだが、すぐに強烈な好奇心と、抑えきれないほどの食欲が宿った。
「これ……食べるの?」
異形は恐る恐る、握り飯の一つを手に取った。そして、一口。
その瞬間、異形の全身から、眩い光が放たれた。まるで、身体に宿る混沌とした魔力が、その一口によって浄化され、昇華されていくかのようだ。
「うっひょおおおおおおおおおおお!! これは、ママの作るご飯より美味しいっスうううううううう!!!」
異形は感動に打ち震え、残りの握り飯もあっという間に平らげた。
その表情は、先ほどの不気味な食欲とは打って変わって、純粋な喜びと至福に満ち溢れていた。
「お、お兄ちゃん、キミ、スゴいっス! こんなに美味しいもの、今まで食べたことないっスよ!」
ブーケと名乗ったティーカップ頭の異形は、まるで懐かれた子犬のように、ハーベルに擦り寄ってきた。
その行動に、ホムラたちは呆気に取られている。
「ボク、ブーケって言うんスけど、キミの作ったごはん、もっと食べたいっス! ボク、キミたちのこと、守ってあげてもいいっスよ!」
ブーケは満面の笑みでハーベルを見上げ、頭のティーカップをクルクルと回した。
彼の放つ混沌とした魔力も、以前とは比べ物にならないほど穏やかになっている。
ハーベルは呆然としながらも、ネルのお弁当がこれほどまでの効果を発揮するとは夢にも思っていなかった。
まさか、敵が味方になるとは。この予測不能な展開に、ハーベルの顔に苦笑が浮かんだ。
「お、おいハーベル……こいつ、本当に味方になったのか?」
ホムラが半信半疑で尋ねる。
「フフフ……。ハーベルさんのお仲間さんが作ったお弁当が、こんなにも強力なアイテムだったとは……。」
リヴァイアが驚きを隠せない様子でつぶやいた。
「これで、敵が一匹減ったでござるな……!しかし…。」
フウマが嬉しそうに呟く。
「ああ、だが、まだ、捕食者の仲間がいるだ!」
タオが周囲の異形たちを警戒する。
ブーケは、仲間たちの方を振り返ると、満面の笑みで叫んだ。
「みんな! このお兄ちゃんのごはん、超美味しいっスよ! 早く食べなきゃ損っスー!」
その言葉を聞くと、他の捕食者たちも、もはや敵意なく、純粋な食欲と期待の眼差しでハーベルと残りの弁当に群がってきた。
ハーベルは、残りの弁当をすべて彼らに与えた。あっという間に平らげられた弁当の包み紙が宙を舞い、捕食者たちは全員、ブーケと同じように至福の表情を浮かべ、ハーベルに懐き始めた。
「うっひょおお! お兄ちゃんたち、マジ最高っス!恩返しするっスよー!」
ブーケを筆頭に、捕食者たちはハーベルたちの周りを飛び跳ね、陽気な声を上げた。
彼らの放つ混沌とした魔力は、もはや脅威ではなく、一種の陽気なエネルギーへと変貌していた。
「まさか、弁当一つでこれほどとはな…。」
ホムラが呆れたように頭を掻く。
「これは、錬金術の常識を覆す発見ですわ…!」
リヴァイアが興奮した様子で目を輝かせている。
「ハーベル殿の機転で、窮地を脱したでござるな!」
フウマがハーベルを称賛する。
「お兄ちゃん、先に進むっスか? ここは、ボクたちに任せてほしいっス!」
ブーケがハーベルに満面の笑みで提案した。
その言葉に、ハーベルたちは顔を見合わせた。
捕食者の群れは、まるで巨大な異形の壁のように、宮殿の奥から押し寄せてくる悪魔の大群と、彼らの間に立ちはだかった。
「兄ちゃんたちは先に進むっス! ここの美味しい悪魔たちは、ボクたちが全部食べてあげるっスよ!」
ブーケの号令と共に、捕食者たちは一斉に悪魔の大群へと突撃した。
彼らの身体はゴムのように伸び縮みし、ゼリーのように変形しながら、悪魔たちを次々と「捕食」していく。
その光景は、おぞましいというより、むしろシュールで滑稽にさえ見えた。悪魔たちは、捕食者たちの予想外の攻撃に混乱し、次々と異形の胃袋へと消えていく。
「よし、行こう!ここは、 彼らに任せよう!」
ハーベルは、ブーケたちの信頼に応えるように、迷いなく宮殿の奥へと走り出した。
ホムラ、リヴァイア、フウマ、タオも、互いに頷き合い、ハーベルの後を追う。宮殿の奥からは、捕食者たちの陽気な歓声と、悪魔たちの断末魔が入り混じった、奇妙な音が響き渡っていた。
彼らの進む先には、真の敵サリエルが待ち構えている。そして、闇のソーサリーエレメントの保持者とは……、
仲間と異次元の友を得たハーベルたちの冒険は、ここからさらに加速していく。
次回 アポカリプス・エクリプス:戦慄の拷問部屋
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頑張って続きを書いちゃいます!




