絶望の夜明け:疑念の扉が開く時
決戦前夜、それぞれの胸に去来する思いは異なっていた。
料理に没頭することで平静を保とうとする者。
書物に耽り、来るべき戦いに備える者。
素振りに集中し研ぎ澄まされた刃のように己を磨き上げる者。
そして、ただ夜空を仰ぎ、無限の星々に自らの運命を重ね合わせる者……。
「ハーベル、隣に座っていい?」
ネルの声が、寒空の下、満天の星を眺めていたハーベルの静寂を破った。
「うん…。」
ハーベルは、それだけを短く答える。
「ねえ…。サリエルを倒したらどうするの?」
ネルは、心配そうにその顔を覗き込んだ。
「う~ん…。」
ハーベルは深く考え込み、言葉を選んだ。
「私と一緒に住まない?」
意を決したネルの言葉に、ハーベルの瞳に戸惑いが浮かぶ。
「ネル…。ごめん…。俺は…。」
ハーベルは、絞り出すように呟いた。その声には、深い悲しみがにじんでいた。
「うん、分かってる…。師匠のことでしょ?」
ネルの理解ある言葉に、ハーベルは静かに頷く。
「そうなんだ…。」
二人の間に、しばしの沈黙が落ちる。しかし、その沈黙は穏やかなものではなかった。
「ハーベル、大好き!」
ネルは唐突に、ハーベルの頬にキスをした。その行動は、彼女自身の不安を打ち消すかのようだった。
「ネル…。ありがとう!でもごめん…。」
ハーベルの複雑な表情は変わらず、幾千もの輝く星々を見上げながら、一筋の涙が頬を伝った。
彼の中で、師への誓いとネルへの想いが激しく葛藤していた。二人はいつまでも、互いの未来を映すかのように輝く夜空を見つめ続けていた。
⭐☆☆☆☆☆☆⭐
翌朝、準備を整えたハーベルたちが、テルミットゲートの前に集結していた。しかし、その場の空気は昨日とは打って変わって重苦しい。
「ああ…。緊張するな…。」
フレアが武者震いしながらも、その表情には拭いきれない不安が浮かんでいる。
「ええ、ドキドキしてきましたわ…。」
アクシアは不安そうに自分の弓を撫でていた。その指先が微かに震えている。
「ハーベル、一言頼む!」
カザキが大声で場の空気を引き締めようとするが、その声にもどこか焦りが滲んでいた。
「分かりました…。ここまで、ついてきてくれて本当に感謝しています。ここからは、生死を分ける戦いになるかもしれません。俺は、必ずサリエルを倒します!皆さん、サポートよろしくお願いいたします。」
ハーベルは深々と頭を下げた。しかし、その言葉の裏には、仲間たちに言えぬ秘密を抱えている重みが隠されていた。
「ハーベル、真面目か!」
クラリッサがいつものようにスタッフでハーベルの頭をコツンと叩いた。
「痛てて……。」
ハーベルが頭を擦りながら微笑む。しかし、その笑顔はどこかぎこちない。
「だから、痛くないクセに!」
クラリッサがいつものやり取りで場の空気を和ませようとするが、周囲の者は誰も笑わない。
「ハハハ…。」
無理に笑い声を出そうとするが、それはすぐに消え失せた。
「とにかく、慎重に!絶対に死なないで下さい!」
ハーベルの真剣な願いに、一気に場の空気が緊張する。
その時、ゲートの向こうから不穏な気配が漂い始めた。
「ハーベル、絶対に無理するな!」
カザキがハーベルの肩をがっしりと強く掴んだ。その手には、これまで感じたことのない切迫感が込められている。
「はい、先輩!」
「ハーベル…。」
カザキの緊張している様子が、仲間たちにも伝播していく。
その瞬間、テルミットゲートが突如として大きく歪んだ!
静かに開くはずのない石の門が、内側から激しく光だし空間が捻れるように景色が現れた。
「な、なんだ!?」
フレアが驚愕の声を上げた。
雪景色の中から現れたのは、サリエルの側近と思しき、禍々しいオーラを放つ数体の魔物だった!
彼らは門を強引にこじ開け、不気味な笑みを浮かべてハーベルたちを見据える。
「そんな…!まだ合言葉も…!」
アクシアが絶句する。
テルミットゲートは、特定の合言葉を唱えなければ開かないはずだった。
「おやおや、まさかこんなところで待ち伏せしているとは。随分と人間も用心深くなったものだねぇ?」
魔物の一体が嘲るように言った。
その言葉に、ハーベルの顔色が変わる。
「だが、残念だったな。お前たちの合言葉など、我々には筒抜けだ。なにせ、我々には協力者がいるのだからな…。」
魔物の言葉に、カザキが激しく反応した。
「協力者だと!?誰だ、それは!?」
魔物は不敵に笑い、視線をある一点に固定する。
その視線の先は――ハーベルだった!
「言っただろう?『サリエルのおたんこなす!』……随分とおぞましい合言葉だと思ったが、まさか本気で使っていたとはねぇ。これで扉が開くとは、人間も随分と愚かなものだ。」
魔物が、ハーベルが唱えようとしていた合言葉を、完璧な発音で言い放った。
仲間たちの視線が一斉にハーベルに集まる。
「ハーベル…どういうことだ…?」
クラリッサの声が、かつてないほど冷たく響いた。
フレアもアクシアも、そしてネルでさえ、信じられないものを見る目でハーベルを見つめている。彼らの間には、深い疑念と困惑が渦巻いていた。
ハーベルは、その場で立ち尽くしていた。口を開くこともできず、ただ視線を落としている。
その表情は、絶望と後悔に満ちていた。
彼の頬を、また一筋の涙が伝った。それは、寒空の夜に流した涙とは、全く異なる意味を持つ涙だった。
「よし、行くぞ!」
魔物たちが不気味な雄叫びを上げ、ハーベルたちに襲い掛かろうとする。
戦いは、ゲートの向こうに広がる悪魔の宮殿へと続く道ではなく、まさかのテルミットゲートの前で幕を開けたのだった。
次回 闇の忘却:決意の光
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頑張って続きを書いちゃいます!




