悪魔男爵の宮殿:新たなる影
雪に覆われたヴォレアリスト王国の北端、エンバーグロウ・クレスト山脈の奥深く、氷に閉ざされた渓谷にひっそりと佇む宮殿は、自然の猛威と悪魔男爵の威厳が融合した壮麗な建築物だった。
宮殿の内部は、天井は高く、巨大な暖炉がいくつも設置され、常に薪が燃えている。壁には、魔界の男爵であるサリエルの歴史や醜悪な戦いを描いたタペストリーが飾られ、床には人間の皮であつらえた絨毯が敷き詰められている。
大きな窓からは、雪に覆われた山々や凍った渓谷の壮大な景色が望めるが、その窓は二重、三重に施され、極寒の空気を遮断していた。
「サリエル様、お初にお目にかかります。レオンと申します!」
レオンはサリエルに跪いて頭を下げていた。
サリエルは、威厳のある立派な大きな椅子に腰かけて、人間の生き血の入ったグラスを片手に、足を組んでレオンを見下ろしている。顎をさわりながらサリエルが質問する。
「お前が、ルナシェイドの言っていた【MACOK】とかいう、人間か?」
「はい、ですが【魔方陣使い】は全て封印しましたので、今は自由に行動することが可能です。何なりとお申し出ください!」
「ほお、なかなか良い心がけですね…。」
サリエルは満足そうにレオンを眺めている。
「いいでしょう…。それであなたの目的は何でしょう?」
サリエルが試すように質問する。
「はい、ここを目指す、サリエル様に仇なす者の中に、私の復讐の相手がいるのです!」
レオンは顔を歪めた。その瞳には、深い憎悪が宿っている。
「なるほど、力を蓄えてその者に復讐するのが最終目標ということですか…。実に面白い…。復讐、結構!」
サリエルは人が憎しみ合う醜い心や復讐心が大好物だった。その歪んだ笑みが、宮殿の空気をさらに重くする。
「では、これを!」
サリエルが合図すると、執事のような格好の悪魔がグラスに入ったどす黒い液体を持ってきた。
「さあ、飲み干すのです!」
サリエルが手をレオンへ差し出した。
レオンはグラスを手に取ると、全く躊躇することなく飲み干して見せた。その顔色一つ変えずに飲み干す姿に、サリエルは「ニヤリ…。」と笑う。
パリーーン!
レオンがグラスを床に落とすと、口から黒いヨダレを滴しながら、もがき苦しみ始めた。身体が痙攣し、血管が浮き出る。
「ううう…。ウォーーーー!」
レオンが雄叫びをあげると、目と口から黒い光が吹き出して、ぐったりと項垂れたかと思うと、
「フフフ…ハハハ…ハハハ…。これが真なる闇の力!」
レオンが身体の奥の奥のさらに奥から、吹き出すような真の魔力に目覚めていた。
身体中の魔方陣が不気味な赤黒い光で満たされていった。その姿は、もはや人間とは呼べないほどの禍々しさを放っている。
「どうですか?魔界の魔力は…。」
サリエルが嬉しそうに尋ねる。
「さ…最高です!今ならハーベルも瞬殺できるでしょう!」
レオンは満足げに天を仰いで両手を上げた。その高揚した表情は、まるで狂気に憑かれたかのようだった。
「天を仰ぐのは愚弄です!」
サリエルの目が一瞬で、冷酷な光を放った。その場の空気が凍り付く。
「これは、失礼しました…。サリエル様に忠誠を!」
レオンは慌てて頭が床につくほどに深々と頭を下げた。
「ええ、それでいいのです!」
サリエルはまた満足そうに顎を触っている。
「レオン、あなたの復讐とやらは、最後のデザートに取っておきなさい!」
「かしこまりました…。」
レオンは再び深々と頭を下げた。
「面白そうなオモチャを手に入れました。これで、ソーサリーエレメントが揃うことはなくなりました!」
サリエルは勝利を確信していた。その歪んだ笑みは、ハーベルたちの未来を嘲笑っているかのようだ。
「ソーサリーエレメントが揃うとどうなるのですか?」
レオンは頭を下げながら質問した。
「ソーサリーエレメントをこの石板に全て納めると、私を魔界へ送り返すことができるのです…。」
サリエルはそう言いながら、椅子から立ち上がり、宮殿の奥に隠された巨大な石板を指差した。石板には、複雑な紋様が刻まれ、中央には複数の窪みが開いている。
「そのような大事なことを、私のような者に伝えてよろしいのですか?」
レオンは思わず頭をあげてしまったが、サリエルの顔を見て確信した。
「なるほど、絶対に無理ということですね…。」
レオンは全てを悟った。
サリエルは、ソーサリーエレメントが揃ったとしても、それを自分を魔界へ送り返すための道具として利用できるとは、微塵も思っていないのだ。彼の顔には、絶対的な自信と、人間への侮蔑が浮かび上がっている。
「まあ、その時が来るまで高みの見物といきましょうか…。」
サリエルは余裕たっぷりにグラスに口をつけた。
「では、失礼させて頂きます…。」
レオンは、そのままスーッと姿を消した。
レオンが姿を消した宮殿に、再び静寂が戻った。サリエルは満足げにグラスを傾け、人間界に送った刺客が順調に彼の思惑通りに動いていることを確信していた。
「ククク…愚かな人間どもめ。まさか、お互いの足の引っ張り合いに夢中で、真の敵を見誤るとはな。」
サリエルは、レオンが与えられた魔力に酔いしれ、ハーベルへの復讐に燃えていると信じ切っていた。
彼にとって、レオンはまさに「忠実な道具」であり、ソーサリーエレメントを持つ者たちの間に不和を生み出すための、完璧な駒だった。
宮殿の窓の外には、雪が静かに降り積もっている。その美しい白銀の世界とは裏腹に、サリエルの心の中では、人間たちの絶望と混乱を望む、黒い愉悦が深く渦巻いていた。
「これで、ソーサリーエレメントが集まる心配はなくなった。人間どもが互いに疑心暗鬼になり、自滅してくれるのを待つだけだ。」
彼は、ソファに深く身を沈め、グラスをゆっくりと回した。
彼の計画は完璧に見えた。
レオンの復讐心が、ハーベルたちの結束を破壊し、ソーサリーエレメントの力を無力化する。そして、彼は魔界に帰ることなく、この世界で永きにわたり君臨するのだ。
サリエルは、差し迫る最終決戦を前にして、勝利を確信していた。
次回 冬の旅路:空飛ぶ箱と命のネックレス
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