双華の鎖 ~ 逃れられない刻印~
あれから半年が経とうとしていた。
薄暗い部屋の隅で、アルカは妹のサクナの肩を抱いていた。
「アルカ……。」
「サクナ……。あんたは心配しないでいいの!私が全部やるから任せときな!」
二人は、ヨイザクラの店で客の接待を強いられていた。
「お客様、こちらへどうぞ!」
サクナが、どこか頼りなさげな足取りで男を個室へと案内してきた。
「ほほう……。これは美しいな!」
脂ぎった顔の男は、下卑た笑みを浮かべながらサクナの華奢な肩に手を伸ばそうとする。
「お客様、ご勘弁を!」
サクナは、身を屈めるようにして男の接触を巧みに避けていく。その動きは、何度も繰り返されたことで身についた、悲しいほどに慣れたものだった。
「ご準備をいたしますので、少々お待ちください!」
サクナがわずかに頭を下げて部屋から下がろうとすると、
「準備なんかいいから、早くこっちへ来い!」
男は待ちきれないとばかりに、強引にサクナの細い手首を掴んだ。
「ああ……。」
サクナが嫌悪感を押し殺して男の眼を見つめると、その澄んだ瞳の奥に、淡いピンク色の魔法陣がじんわりと浮かび上がった。
「あれ……。あれれ……。ふらふらして……。あら!?」
先程まで粗野な態度だった男の表情が、みるみるうちに緩んでいく。
まるで操り人形のように、男は抵抗することなくズルズルと椅子に座り込んだ。その目は、サクナに釘付けになっていた。
「くそ、この野郎、サクナに触りやがって!」
襖の陰に身を潜めていたアルカが、怒りを露わにして部屋に飛び出した。
その美しい顔は憎悪に歪み、拳を固く握りしめている。そして、座り込んだ男に向かって、容赦のない拳を何度も叩きつけた。
男の顔はたちまち腫れ上がり、原型をとどめないほどにボコボコになった。
「アルカ、やり過ぎだよ!」
サクナは、どこか諦めたような声で言いながら、男が触れた自分の手をハンカチで丁寧に拭いた。
「だって、コイツ……。サクナに!あーー、腹立つ!」
アルカはまだ怒りが収まらない様子で、男の腹に追い打ちの一撃を加えた。
次の瞬間、アルカは腕に刻まれた魔法陣を起動させた。
渦巻く魔力と共に、蛇のようにヌメヌメとした黒い鞭が伸び出し、男の体を締め上げていく。
「サクナは、見ない方がいいよ!」
アルカはそう言うと、意識のない男を奥の部屋へと引きずっていった。
しばらくして戻ってきたアルカの表情は冷酷で、男が二度と口を開くことはなかったことを悟らせた。
アルカは、その整った美しい顔立ちからは想像もできないほど攻撃的で短気だった。
「蛇鞭魔法陣」を刻まれた彼女の鞭は、意思を持つかのように無限に伸び、獲物を確実に絞め殺す。
サクナは、アルカの双子の妹で、息をのむほどに美しい。
しかし、その優しい性格は争いを好まず、戦闘には向かない。
「魅了魔法陣」を刻まれた彼女の瞳は、見つめる者を虜にし、戦意を喪失させる恐ろしい力を持つ。
二人のマスターであるヨイザクラは、表向きは美しい踊り子たちを使った店を経営しているが、その実態はサンゴルド帝国の裏社会で暗躍する大物だった。
殺しの請け負いはもちろん、盗み、賭博、人身売買と、あらゆる悪事に手を染める根っからの悪党だった。
「ヨイザクラ様、任務完了しました!」
サクナが、憔悴した表情でヨイザクラに報告にあがった。
「このブス!拾ってやったんだからしっかり働きな!」
ヨイザクラは、報告に来たサクナをまるでゴミのように見下し、太い足で容赦なく蹴り飛ばした。
「はい、すいません……。」
サクナは痛みに顔を歪めながら、床に伏せたまま謝罪した。
アルカはその光景を、奥の暗がりから無言で見つめていた。固く握りしめた拳からは、滲んだ血が床にぽたりと落ちていた。
⭐☆☆☆☆☆☆⭐
その日の夜、二人はようやく与えられた狭い部屋に戻ると、アルカは堰を切ったように怒りを爆発させた。
「あのブタ、いつか殺す!」
サクナは、そんなアルカの肩にそっと寄り添い、不安げな声で言った。
「でも、マスターを殺したら、私たちもその場で死んじゃうんだよね?」
「くそ、あの忌々しい契約さえなければ、あんなブタ野郎、今すぐにでも殺してやってるのに!」
アルカは悔しそうに唇を噛み締めた。
「アルカ……。」
サクナは優しくアルカを抱きしめ、二人はそのまま疲れ果てて眠りについた。
⭐☆☆☆☆☆☆⭐
「おい、いつまで寝てやがる!働け!」
翌朝早く、粗暴な手下たちの怒鳴り声で二人は無理やり起こされた。
ろくに休息も与えられず、朝から晩までこき使われる毎日に、二人の心身は疲弊していた。
「ああ、もう逃げ出したい!」
サクナは、今にも泣き出しそうな声でアルカに懇願した。
「ああ、なんかいい方法を見つけて、絶対に逃げ出してやる!」
アルカは、妹をこんな地獄から救い出すことだけを考えて、日々の辛い労働に耐えていた。
夜空には、大きく白い満月が浮かんでいた。
アルカは、その光を見上げながら、妹の柔らかな黒髪を優しく撫でた。
「この世に神様なんていないんだろうな……。」
彼女の呟きは、夜の静寂の中に 虚しく消えていった。
次回 救出の序曲~密かなる共闘~
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頑張って続きを書いちゃいます!