お下がりはもうあげられないわ、ごめんなさい
わたしが生まれたリュミエール伯爵家は、とくに貧乏というわけでもない平凡な貴族家である。中央の政治ともほどほどの距離感を保ち、特定の派閥に入っているわけでもない――正確には、どの派閥にも入れない――ので、大きな影響力もない。
そんなごくごくふつうの当家の少し変わっているところといえば、両親が姉妹で格差をつけていることだろうか。
わたしの父も母も、残念ながらとくに秀でた才能や美貌を持つわけでもなく、その両親の遺伝子を受け継いだわたしもごくごく平凡な令嬢である。ものすごく頭がいいわけでもないし、見た目が優れているということもない。
ところが、わたしの二つ下の妹であるジュリエッタは違った。何代か前のリュミエール伯爵家に生まれた令嬢が第三側妃に上がったらしいという話を父は酔ったときによく話していたが、おそらくその血がジュリエッタに入ったのだろう。彼女は、平凡な家族のなかでは飛びぬけて容姿にめぐまれて生まれた。もし父が伯爵として有能であれば、側妃を目指すことも夢ではなかったとわたしも思う。
そんなジュリエッタを、両親はそれはそれはかわいがった。わたしのときは生まれてほどなくして乳母に預けられたが、ジュリエッタは母が自ら養育していた。「かわいいジュリエッタのため」という理由だけで、わたしには与えられないようなドレスやぬいぐるみ、装飾品を両親は惜しみなく買い与えたのである。
何もわからない子どものときは、どうして両親はジュリエッタばかりかわいがるのだろうと思っていたが、年齢を重ねていくにつれ、わたしはあきらめと人間の感情の制御が難しいことを覚えた。こんな平凡な容姿がそろった当家にまるで天使のようなジュリエッタが生まれれば両親が熱を上げるのは当然だろうし、両親からの愛は少なくても、毎日ご飯が食べられて必要なものは頼めば買ってはもらえて、むしろ親からの干渉が少ないので友人の令嬢たちのような悩みもないのはラッキーだとすら思った。
わたしはわたしなりに自分の気持ちに区切りをつけていたのだが、話はそううまくいかない。
両親に甘やかされるだけ甘やかされた妹は、性格が少しよくない方向に曲がってしまったようである。
「これほしいわ」
わたしが身につけているものや手にしているものを見ると、ジュリエッタの朗らかなひと声が落ちる。それを聞いた両親の答えはもちろん決まっていた。
「マルグリット、ジュリエッタに譲りなさい」
少しでもわたしが気に入ったそぶりを見せると、ジュリエッタは「ほしいわ」と言ってどんどん自分の物にしていく。自分にはそれ以上の、値段の高いあれそれを持っているというのに。
そのくせ、わたしがジュリエッタに奪われる前に自発的に彼女にプレゼントしようとすると、妹は必ずこう言うのだ。
「お姉さまのお下がりなんて嫌!」
そんなわけで、ごくごく平凡なリュミエール伯爵家は、いろんな意味で非凡なジュリエッタのおかげで、屋敷のなかでは毎日大小さまざまなトラブルが起こっていた。
わたしの乳母でもあった侍女頭は、わたしにも妹にもよくないと両親に諫言しているようだが、両親の目には「妹に厳しすぎる姉」と見えているようで、その話はなかなか受け入れてもらえないようだ。――でも人間だもの。見たいものを見たいように見てしまうのは仕方がない。
市井で流行っている物語だと、こういう場合どちらかが虐待もかくやと思われる冷遇を受けるようだが、幸いにもわたしは両親からあまり愛されていないだけで、虐げられてはいない。正確には、ジュリエッタにかまうのに忙しいので、わたしのことを気にかけていられないのだ。好きの反対は無関心だと、わたしは自分の人生を通して学ぶことができた。
そうしてデビュタントを妹よりひと足早く迎えたわたしは、次代のリュミエール伯爵家の後継となるべく、アドリアン・ベルナール伯爵子息との婚約が調えられた。
アドリアンはベルナール伯爵家の四男で、このままいけば継げる爵位がなく平民となる男である。騎士になる道もあるが、アドリアン自身は剣の才能はないとその道は早々にあきらめたそうだ。読書が好きで語学に長けているので、次期伯爵となるわたしを十分に支えてくれるだろう。何より彼の「あきらめた」という話がどうにも他人事に思えず、親近感を覚えたというのもある。
政略ありきの婚約であったが不満は一切なかった。どちらかというとわたしは驚いていた。両親はジュリエッタを猫かわいがりしている。もしかすると爵位も妹に譲るのではないかと思ったのだが、そこは長子相続を守ってくれるつもりらしい。
ジュリエッタは勉強が嫌いだったし、わたしが爵位をほしがっているように見えなかったというのもあるだろう。
そんなわけで、わたしの婚約と後継者教育は問題なく進み始めた。
アドリアンがはじめて妹に会ったときは、その美しさに見とれていたけれど、ジュリエッタがあまりにも興味なさそうな反応なので早々に心が折れていたようだ。何を言っても、「あらそう」と「つまらない」の二つしか返ってこなければ誰だって嫌になるだろう。
それに両親は、ジュリエッタをなるべく高位の貴族家に嫁がせたいと考えていたようだ。高位貴族とのつながりができれば、父も何かの派閥の末端に入れるかもしれない。伯爵家としてもジュリエッタが高位貴族と縁づいてくれればメリットがあるので、両親の思惑をわたしは静観することにした。
アドリアンは週一で当家に通い、わたしと一緒に領主教育を受けながら、婚約者としての交流も進めていた。
最初はぎこちなかったが、アドリアンもわたしと同じで自分のことを平凡な人間だと考えており、話をしていくうちに価値観が似ていることがわかってからは、一緒にいて落ち着く存在になりつつあった。アドリアンの態度も、徐々に自然なものが増えていったように思う。燃え上がるような恋はなかったけれど、わたしたちは着実に婚約者としての良好な関係を築いていった。
わたしがアドリアンと順調に交流を重ねていくにつれて、ジュリエッタから声をかけられることが増えた。
「お姉さま、アドリアン様とはどうなの?」
「ふつうね」
「そう?」
「ええ」
妹は少し納得いっていなかったようだが、わたしは努めて無表情に、アドリアンに興味がないという態度を見せていた。非凡な妹のおかげで、無表情を取り繕うことや、感情をおさえることは得意である。領主として必要な能力でもあるので、私はジュリエッタに感謝すら覚えていた。
「本当にアドリアン様とはふつうなの?」
「ええ。政略結婚の相手としても可もなく不可もなくやっているわ」
妹はじっくりわたしの表情を見て、それでも変わらない表情にようやく納得したのか「そう」とほほ笑む。内心ほっとしていると、ジュリエッタが「あら」と声を上げた。
「お姉さま、こんなペンダントを持っていたかしら?」
しまった――とわたしは自分のうかつさを呪った。アドリアンから、そんなに高くない普段使いできそうなペンダントをもらったのを、うれしかったのでドレッサーに飾っていたのである。目立つものでもないので大丈夫だろうと思っていたのだが、妹は鷹の目だったのをすっかり忘れていた。
「アドリアン様が、婚約者の義務としてくださったのよ」
それでもわたしは表情を変えず、感情もおさえて何もないように返す。このまま興味のない素振りを見せればジュリエッタはあきらめると思っていた。
「あまり高価なものではないのね」
馬鹿にしたような言い方にむっとなりそうになるのをおさえて、わたしは小さく笑う。
「わたしに高価なものは必要ないもの」
「これほしいわ」
わたしの心臓が小さく跳ねる。返答は間違えなかったはずだ。わたしは興味のないふりを貫いたし、ペンダントをもらってうれしいという気持ちも完璧に隠していた。やはり、妹のほうが一枚上手ということか。
「あら、どうしましょう。さすがに婚約者に贈ったものを、その妹がつけていたら不審がられると思うのだけれど」
「いいじゃない。アドリアン様には、気に入らなかったからあげたと言えばいいわ」
ジュリエッタが花が咲くようにほほ笑む。その笑顔はぞっとするほど美しい。
「……さすがに失礼だわ」
「ふ~ん、そう。そういうことなのね」
美しい笑みを浮かべたまま、妹がじっとわたしの目を見る。雪のように白い肌、通った鼻筋、ぱっちりとした瞳、つやつやのくちびる。わたしが持っていないものを、ジュリエッタはすべて持っている。
「ペンダントはいただいていくわ。いつもありがとう、お姉さま」
対応を間違えた。そう思ったときは、もう何もかも手遅れだった。
ペンダントを奪われた日から、ジュリエッタはわたしとアドリアンのお茶会に参加するようになった。初対面のときと違い、にこやかに話しかけるジュリエッタにアドリアンが夢中になるのに時間はかからなかった。実の両親ですらジュリエッタに夢中なのだから、況や他人においてをや、である。
そのうち、アドリアンとジュリエッタは二人で出かけることも増えたようだ。まるで恋人のように寄り添って出かけていく二人を、両親も当然咎めることなく見送る。わたしの乳母だけはやはり両親をいさめようとしてくれたが、「はしかみたいなものだ」といずれジュリエッタが興味をなくすだろうと簡単に考えていたようだ。
そんなだから当家はどこの派閥にも入れないということを、両親が理解する日は一生こなさそうである。
わたしは親密になっていくアドリアンとジュリエッタを、どこか冷静に見つめる自分がいた。ジュリエッタが「ほしい」と思ったもので、手に入れられなかったものは何ひとつとしてない。わたしは今後の身の振り方を考える必要があるだろう。修道院に入る覚悟を持っておこうと、その日から身辺整理も少しずつ進めることにした。
それでも領主教育だけは続いていく。わたしが領主になることはないのにと思いつつ、何かあったときに学んだことが役立つかもと、授業だけはまじめに受け続けた。今後婚約解消になることになっても、自分自身の素行に問題がないと思われないようにしておくことも大事だと考えていたからというのもある。
意外にも、ジュリエッタはすぐに行動に出ることはなく、あくまでも「婚約者の妹」としてアドリアンと接していた。わたしとしてはすぐにでも婚約解消になると踏んでいたのだが、さすがにデビュタント前だからためらっているのだろうか。
アドリアンの心はすっかりジュリエッタに傾いていて、わたしを見ても冷たい目を向けるばかりである。わたしにペンダントをくれたときの笑顔を、もう二度と見ることはないだろう。わたしはこんなときでも、悲しいとか悔しいとかではなく、人間ってこういうものかとあきらめのため息しか出なかった。
そんな状態が続いて数ヶ月が経っただろうか。ある日の晩餐で、いやに興奮した父がうれしそうにジュリエッタに婚約話をもってきた。
「ジュリエッタ!お前に縁談がきたぞ!ラフォレ公爵から、ぜひ婚約をしたいと話がきた」
父が興奮するのも無理はない。ラフォレ公爵家といえば、わが国の筆頭公爵であり、当主のコンスタン・ラフォレ公爵は、宰相も務める重鎮である。しかし、ラフォレ公爵といえば――。
「あら、そうなの?」
ジュリエッタはアドリアンのことなどまるで忘れてしまったようにうれしそうにほほ笑む。ラフォレ公爵への輿入れはどの貴族にとっても名誉なことだ。
「すばらしいご縁ね。たしか、前妻様がお亡くなりになって二年は経つかしら?」
母もうれしそうだが、「前妻様」という言葉にジュリエッタの目から光が消えていく。
ラフォレ公爵は御年三十五歳で、前妻とは死別している。たしかもうすぐ成人になるひとり息子がいて、その息子に家督と宰相の職を譲ることになっているが、そのひとり息子には王女が降嫁する予定だったはずだ。
「……どういうことですの?」
きちんと家庭教師の授業を受けていれば、ラフォレ公爵家の状況も知っていてしかるべきだが、勉強から逃げ回ったジュリエッタは当然そんなことを知っているはずがない。
「ジュリエッタはコンスタン様の後妻として嫁ぐんだ。公爵夫人だぞ!」
父はジュリエッタの様子にも気づかず、興奮して身を乗り出している。当家から公爵夫人を輩出するのは、たしかに父にとっては「事件」だろう。
「ひどいわ、お父さま」
ジュリエッタも当然喜ぶだろうと思っていた両親は、妹の様子に顔を見合わせる。
「そんな年上の方に嫁げだなんて……!わたしのことをお金で売るのね?」
「そ、そんなわけない!私はジュリエッタの幸せを願って必死に……」
「お姉さまがうらやましい」
ジュリエッタの瞳から、真珠のような涙がほほを伝う。シャンデリアの光に反射して、まるで芸術作品を見ているようだ。実際、妹は計算して涙を流しているのだけれど。
「アドリアン様のようなすてきな婚約者がいらっしゃって、女伯爵としての地位も盤石で……。わたしとは大違い」
わたしは無言のまま、メインディッシュの仔羊のステーキにナイフを通す。わたしが何を言ったところで、もう未来は決まっているのだ。馬鹿みたいにあがくくらいなら、おいしい晩餐をゆっくり味わうほうがよっぽど人生にとって有意義である。
一週間後、わたしは父に呼び出され、アドリアンとの婚約解消ならびに次期伯爵はジュリエッタとすることを告げられた。わたしはとくに慌てることもなく、予想通りだったわと素直に受け入れた。
「ところで、ラフォレ公爵家との縁組はどうなさるんですか?」
「ラフォレ公爵には、お前が嫁ぎなさい」
思いがけない父の言葉に、わたしの思考が一瞬停止する。
――私が、嫁ぐ?
「な、何を……。そんな不敬をラフォレ公爵がお許しになるはずございません」
「いや、心配ない」
落ち着き払っている父にわたしはますます混乱する。
「ラフォレ公爵からは、当家の娘と言われただけで、誰とは言われていない」
わたしは父の阿呆さ加減に絶望した。名前が書かれていなかったとしても、今の私には、いちおう婚約者がいることを公爵も把握しているはずだ。そんなのジュリエッタを指名しているのと同じことである。
「ラフォレ公爵にもマルグリットを嫁がせますと伝えたら、ぜひにとのことだ。明日からラフォレ公爵家に来てほしいとおっしゃっている」
ますますわけがわからなくなったが、わたしはただただ頷くしかできなかった。
わたしはほとんど着の身着のまま、ラフォレ公爵家に向かうことになった。ジュリエッタは相変わらず天使のようなほほ笑みを浮かべ、「元気でね、お姉さま」と声をかける。
わたしはこのとき、ようやくこの妹から解放されるのだと深く息をついた。これからラフォレ公爵家でどのような待遇を受けるか想像もできないが、ジュリエッタに横から奪われる心配をしなくていいという事実は、いくらかわたしの心を軽くする。わたしはジュリエッタの言葉に小さく頷いて、ラフォレ公爵家へ向かう馬車に乗り込んだ。
「ようこそ。急なことで大変だっただろう。ゆっくり休んでほしい」
ラフォレ公爵家のタウンハウスに到着したわたしは、好意的なコンスタン・ラフォレ公爵からのあいさつに、目をぱちくりする。
「マルグリット・リュミエールと申します。このたびは大変光栄なお話をちょうだいし――」
「そんなにかしこまらなくて大丈夫だ。いきなりこんな中年に嫁ぐことになって申し訳ないと思っている」
そう言って笑うラフォレ公爵は、たしかに笑うと目尻にしわができるが、とても三十五とは思えないほど若々しく、体躯もがっしりとした精悍な男性であった。なよなよしたアドリアンとは対極にいる人間である。この国の筆頭公爵で宰相も務める雲の上のような御仁なのに、気さくに話しかけてくる様子も好ましい。
「そんな、とんでもございませんわ。その、閣下は――」
「ああ、閣下なんて。君は私の妻となるのだから、コンスタンと呼んでくれ」
「お、恐れ多いです……」
「それを言うなら私のほうだ。こんなにかわいらしいお嬢さんとは思っていなかったから」
どう考えてもわたしより美しい人に「かわいらしい」と言われても、本来ならただの嫌味なのだろうが、ラフォレ公爵があまりにも優しくほほ笑むので、わたしはどう反応していいのか困ってしまった。
「――実は、君の領主教育を行っていた教師は、私の友人で息子の家庭教師でもあるんだ」
わたしはつい先日まで、教えを乞うていた師の顔を思い出す。そういえば先生も、ラフォレ公爵と同い年だった。
「ふだん厳格なあの男が、君のことを熱心な生徒だとしきりに褒めていてね。陛下や息子からも後妻をと言われていたので、リュミエール伯爵家に声をかけたんだ」
いたずらっぽくほほ笑まれ、わたしは小さく笑う。まさか、婚約解消後を見据えて真剣に授業を受けていたとは言いづらい。
「でも、わたしはそのとき、他に婚約者がおりましたが……」
ラフォレ公爵の好意的な態度は理解したが、わたしにはつい昨日までいちおう婚約者がいた。それを踏まえても、やはりあの婚約の申し込みのタイミングは摩訶不思議である。
「君には、変わった妹さんがいるみたいだね」
先ほどは打って変わって、目の奥が冷たい笑みを浮かべ、思わずびくりと肩がはねた。やはり気さくなだけな人ではなかったのだと、わたしはひとり納得する。
ラフォレ公爵に嫁ぐということは、リュミエール伯爵家は丸裸にされるレベルで調べられているのだろう。きっと、ジュリエッタの悪癖も、それをとがめない両親も、アドリアンとジュリエッタの醜聞もすべて知っているのだ。
そこでわたしははたと婚約の申し込みの内容を思い出す。父は何と言っていただろう。
「ラフォレ公爵からは、当家の娘と言われただけで、誰とは言われていない」
ようやく、わたしはこの婚約について得心がいった。
目の前でにこにこと笑みを浮かべるラフォレ公爵に、わたしは改めて頭を下げる。
「お心遣い誠にありがとうございます。至らぬ点も多いかと存じますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「やっぱり君にきてもらえてよかった。君にも当家に嫁いでよかったと思えるよう、私も努力するよ」
生まれてはじめて真心のこもった言葉をもらって、わたしは不覚にも泣きそうになってしまった。
わたしとコンスタン様は、婚約して数ヶ月後に結婚した。結婚式は、義息子のテオドール様に家督を譲ってからゆっくり行うことになっている。そのときはラフォレ公爵領に戻り、身内だけで行う予定だ。
テオドール様もいきなりやってきたわたしに嫌な顔ひとつせず、義母として適切に対応してくれる。義息子の婚約者となる王女との対面にはさすがに緊張したが、わたしのことを「おねえさま」と呼んで慕ってくれているので、わたしも今では本当の妹のように接することができている。
公爵夫人として、足りない知識を一気に詰め込みながら、ようやく家政に慣れてきたころ、リュミエール伯爵家から一通の招待状が届いた。アドリアンとジュリエッタが結婚するので、結婚パーティーに参加してほしいという内容である。もちろん、パートナー同伴だ。
わたしは少し迷って、まずはコンスタン様に相談することにした。彼はあっさりと、「招待を受けよう」と言った。
「よろしいのですか?」
「せっかくの機会だ。マルグリットも妹に伝えたいことがあるだろう?」
いたずらを思いついたようににやりと笑うコンスタン様に、わたしも思わず笑みがもれる。
「そんなことより、君に似合うドレスを用意しよう」
「まだ袖を通していないものがたくさんありますわ」
「マルグリットを着飾るのがいまの私の一番の楽しみなんだよ?」
「ありがとうございます」
今のわたしの衣裳部屋には、所狭しとドレスが並んでいる。宝飾品にも困らない。気に入ったものを誰に気兼ねすることなく大切にできるし、誰かに奪われる心配もしなくていい。
いつだったか元婚約者にもらったペンダントの代わりに、わたしはかけがえのないものを手に入れることができたのだ。
ラフォレ公爵家の侍女たちが張り切って、わたしはいつも以上にぴかぴかに磨かれ、コンスタン様に用意いただいたオーダーメイドのドレスを着て生家のリュミエール伯爵家に向かう。コンスタン様と婚約して以来、リュミエール伯爵家には帰っていなかったが、屋敷に着いてわたしはびっくりした。
何かが変わったわけではないけれど、リュミエール伯爵家はこんなに小さくて古ぼけていただろうか?
コンスタン様にエスコートされ入場すると、さっそくいろんな貴族の方たちから声をかけられる。主役は別にいても、貴族たちが優先するのは身分だ。公爵家に嫁いで、わたしは身分の重さを思い知った。
ちらりと高砂を見ると、ジュリエッタが驚いたようにこちらを見ている。隣のアドリアンは以前よりもさらに痩せたようだ。
「お姉さま!」
純白のドレスに身を包んだジュリエッタがわたしたちに駆け寄る。わたしは笑みを浮かべ、祝福を述べた。
「ジュリエッタ、結婚おめでとう」
「ねえ、そのドレス……」
「すてきでしょう?旦那様からの贈り物なの。紹介するわね。コンスタン・ラフォレ様よ」
コンスタン様が儀礼的にあいさつをすると、ジュリエッタはさらに目を見開く。
「こちらが、お姉さまの……」
「ジュリエッタ、きちんとあいさつしなさい」
わたしが厳しく言うと、ジュリエッタは少し不機嫌な様子でコンスタン様にあいさつを返す。
「ねえお姉さま、結婚して幸せなの?」
「ええ、とっても!」
とびきりの笑顔で頷くと、コンスタン様がさらにわたしを引き寄せる。
「……どうして?」
花嫁には似つかわしくない怒りをにじませた目で、ジュリエッタがわたしを見る。
「お姉さま、ちょうだい」
「ジュリエッタ、もう戻ろう?」
よろよろとアドリアンが近づき、ジュリエッタの肩に手をのせる。
「さわらないでっ」
物心ついて早々にあきらめを覚えたわたしは、ジュリエッタがきっといい方向に変わっているだろうとは思っていなかった。むしろ、アドリアンのやつれ具合を見るに、ジュリエッタはずっと好き放題振舞っていたのだろう。
「お姉さま!ほしいの!ちょうだい!」
わたしは笑みを浮かべたまま、ジュリエッタの二の腕をなだめるようにかるく触れる。
「ジュリエッタ、あなたは昔からわたしのお下がりばかりほしがるのね」
「……え?」
「ドレスも、おもちゃもわたしのお下がりばかりほしがって。ここにいる婚約者もわたしのお下がり」
わたしの言葉にジュリエッタの顔がかっと赤くなる。
「でもね?わたしはもう結婚して、あなたの姉ではないのよ。わたしのものはすべてコンスタン様のものなの。お下がりはもうあげられないわ、ごめんなさい」
その後、リュミエール伯爵家のなかがどうなったのかわたしにはわからない。彼らは夜会に顔を出さないし、結婚パーティーの様子を見ていた貴族たちはラフォレ公爵家に忖度して、リュミエール伯爵家と距離をとっているようだ。
当然、ラフォレ公爵家はもともとリュミエール伯爵家とは深い付き合いなどなかった。わたしを嫁に出せばそれだけでなんとかなると考え、何も根回しをしなかったのは父だ。彼らは今、自分の行いの報いを受けている。
コンスタン様がテオドール様に家督と宰相の職を引き継いだのち、わたしたちはラフォレ公爵領に引っ越しそのまま結婚式を挙げた。コンスタン様は何年経っても変わらずわたしを大切にしてくれるし、わたしの大切なものも一緒に守ろうとしてくれる。
それが当たり前のことではないと知っているからこそ、わたしは日々幸せを感じることができている。ジュリエッタに「お下がり」をあげていたのも今となってはいい思い出だと、わたしは目の前で笑うコンスタン様を見て思うのだった。