狂った機械
「狂った機械め」
町を歩く彼女に多くの言葉が投げかけられた。
しかし、それを彼女は気にも留めない。
「お前にこんな物は不要だろう」
買物をする彼女に食料店の店主が侮蔑の言葉を投げかけた。
しかし、やはり彼女は気にも留めない。
「機械のくせに人間の真似をしている」
ベンチに腰掛ける彼女に子供達が囃子言葉を投げかけた。
しかし、それでも彼女は気にも留めなかった。
「人と結婚するなど、狂った機械め」
彼女の薬指の指輪が光る。
そう。
この女性は人間ではなく、一つの機械なのだ。
数年前に人間と結婚した奇妙な機械。
「人間と対等になったつもりか」
その言葉に彼女は答えない。
答えるつもりもない。
家に帰ると彼女の夫である男性はため息をついた。
「許してくれ」
「何をですか?」
「君と結婚をしてしまったことを」
数年前、彼女にプロポーズをした男性は自分の行いを心底後悔していた。
どうせ、関係は変わらないのであれば、わざわざ周りに宣言などする必要なかったのではないか。
今もそうして苦悩しているのだ。
結果として彼女は物ではなくなった。
かと言って、人でもない。
彼女はただ『狂った機械』とだけ呼ばれ続けている。
謝罪する夫を彼女は優しく抱きしめて答えた。
「狂った機械で結構。いえ、あなたと一緒に居られるならば狂い続けます」
その言葉を聞いて、彼女の夫は大切なものを抱きしめながら大きな声で泣いていた。
最愛のものを抱えながら彼女は今日も自分に放たれた言葉を反芻しながら思うのだ。
愛を何よりも大切にしていた種族、人間はもう既に滅びに向かっているのだろう、と。
皮を剥げば、きっと中身は機械の自分よりも冷たいに違いない。
だからこそ。
「愛しています。誰よりも」
夫の隣にずっと居よう。
自分がこの人に愛を捧げよう。
そのためになら狂っていたって構わない。
「愛し続けます、永遠に」
そう誓うのだった。




