ケースⅡ 中根真理恵 2章
………「私は亜久田と申します。昨今自殺をする人がたくさんいるでしょう。そんな人達に幸せな一時を過ごしてもらい安らかに死んでもらう。そんな商売をしています。」亜久田は扉が閉まるや否や爽やかにそう説明した。中根の頭に亜久田の言葉は届いていないが中根の耳は今まで生きてきた中で最大の幸福感を味わっていた。耳だけでこれほどの幸福を味わえるとは思っていなかった。
「そんなコートを羽織っていては暑いでしょう。帽子も見ていて暑そうです。どうか中に入ってコートも帽子も脱いで楽にして下さい。」中根はそう亜久田を気遣ったが内心はただ亜久田の美しい顔を眺めたいだけなのだ。
「そうですか、それではお言葉に甘えて…」亜久田がコートを脱いで腕にかけて靴も脱いで部屋にあがろうとしている。中根は普段からミニマリストの一面があり部屋は誰を上げても恥ずかしくはなかった。ふと亜久田をみると想像以上に背が小さい事に気付いた。実は中根は170㎝あり女性としては大柄な部類に入るが私と同じか少し低いくらいに見える。ただそれはそれで愛おしくみえるのだから顔や声の美しさとは恐ろしい。中根は亜久田を折りたたみテーブルの前に案内するとキッチンに向かいミネラルウォーターをコップに注いで彼の前に置いた。
「それでは先程の話の続きをして下さい。」中根は彼に話を促した。「私は精神的、身体的、経済的に悩み苦しみ自殺を考えている方々に一時の(ひととき)の幸せを提供して安らかに死んでもらうそんなサービスを提供しているのです。」中根は亜久田の話など脳では理解してない。ただ亜久田の声聴くだけでまるで薬物中毒者の如く快楽にふけっているそんな表情をしていた。その表情で全てを察したのか亜久田は言葉を紡ぐ。「具体的に私はクライアントが望む事を最大1週間提供致します。そして1週間後表向きは心臓発作として亡くなって頂きます。」「実は私悪魔なんです。
悪魔なんだから新鮮で美しい魂が必要なのです。あなたの様なね。」その一言は中根の心に響いた。
「願い事何ですけどこれから1週間ずっと私の耳元で甘い言葉をかけ続けてくれませんか?」
「1週間ずっとですか?」思わず亜久田は聞き返す。
「ええ、1週間ずっとです。あなたの声を1週間ずっと聴けるのであるならばあなたが例え悪魔でも喜んで魂を捧げます。」亜久田の顔に一切の変化は無かった。