ケースⅡ 中根真理恵 1章
ーーー令和5年の自殺者21,818人。自ら命を絶つ者が後を絶たない中1人の悪魔が取り引きを持ち掛けて自殺を食い止める。そんな物語。
………「君ねー寿退社狙いか知らないけどもう少し仕事に熱量持ってくれないと、他の人に迷惑掛けてるの分かる?」今日もハゲ課長がネチっこく説教垂れる。
そもそも三十路過ぎの私に寿退社とか嫌味ですか?
今年31歳になる中根真理恵は内心毒付きながらハゲ課長の嫌味に耐えている。「あーまぁー今後はそこんとこ気を付けてよろしくね。」どうやら自分が嫌味な口を叩いた事に気付いたのか説教を切り上げると自分のデスクへと戻って行った。そんな風に反省するなら最初から言うなよなと内心思いながらまた自分の仕事へと中根も戻っていった。定時の17時になって中根はそそくさと帰り支度をして家路へと着いた。オフィスから最寄りの駅は徒歩10分やや早足で歩を進め電車に飛び乗る。5駅目が自宅の最寄り駅で電車だと大体15分くらいだ。そして中根はスマホのカードローンのアプリを開く。アプリのご利用残高には100万円という数字が刻まれている。中根は昔からオタク趣味で数年前までは複数のゲームアプリでかなりの課金をしていたその頃から生活費に少しずつ手をつけ気が付けばカードローンで借金をしていた。そしてここ1年くらいはライブ配信の投げ銭にハマってしまっている。
幸い中根は一人暮らしで労働条件は人間関係は気に入らないが正社員としての仕事もしているただ宝くじでも当たらない限り一括で返せないくらい借金は膨らんでいるが…そんな事を考えていたら自宅の最寄り駅に着いた。駅を出てすぐにある大手のスーパーマーケット で明日の朝食べるパンと2割引きのお惣菜そしてアルコール度数の低い酎ハイを買い物カゴに突っ込んでそそくさと会計を済まして家まで早足で帰る。家に着くと早速スマホで配信を流しながらお惣菜をレンジに放り込み温める。酎ハイを口に含みながら中根は文字を打っていた「今日も仕事疲れた…だけどレン君の配信が私を癒してくれる♪」このコメント共に1万円の投げ銭をしようとしたその時だった。
ピーンポーンと呼び鈴がなった。
こんな時間に来客なんて妙だな。通販も配送日は休日に設定しているし、もしかしたら新しい隣人の挨拶なのかもしれないそれなら出て対応をするのが道理というものだ。渋々玄関を開けるとそこにはハットを深く被り季節外れのロングコートに身を包んだ小柄な青年が立っていた。
「あのーどちら様ですか?」中根が声を掛ける。
「あなた人生に絶望していますね…良い話があるから中に入れて下さい。」一般的に考えたら唯一の趣味と言える推しの生配信がやっている中でこんな胡散臭い人間を家にあげる人は居ないだろう。
ただ中根は「…どうぞ…」と彼を家に招き込んだ。
彼のその声はスマホの中で話しているライブ配信者とは比べ物にならないほど美しかった。そして目元は見えないが口元だけで直感的に彼の顔の美しさも分かる。その彼の持つ全ての美しさをもってすれば中根の唯一の趣味も霞んで見えてしまうのである。




