ケースⅠ 金田竜也 1章
ーーー令和5年の自殺者21,818人。自ら命を絶つ者が後を絶たない中1人の悪魔が取り引きを持ち掛けて自殺を食い止める。そんな物語。
………「金田さーん借りた物はキッチリ返してくださいよー」チンピラ風の男は柔らかい口調や物言いとは対照的に扉を激しく叩いている。
狭いボロアパートの中で金田は布団を頭から被りブルブルと震えながらチンピラ風の男が立ち去るのを待っている。
やがてアパートの前に停まっていた黒塗りのいかにもな車から1人の男が降りてチンピラ風の男に声を掛けた。「こんな奴にいつまでも時間取るわけにはいかない。コイツの実家の住所も押さえているし今日はずらかるぞ。」
そう言って男達は引き上げエンジン音が響くと金田は布団から出て一息ついた。
そして冷蔵庫を開き黒く変色したバナナの皮を剥いて一口頬張った。
金田の実家はそれなりに裕福だ。そして彼自身も1ヶ月前までは普通のサラリーマンだった。
最もそれなりの金額の借金はあった訳だが返済も滞りなくしていた。
ではなぜ普通のサラリーマンだった彼が借金をしていたのか理由は元交際相手にあった。
彼女は何事もにも高級志向でデートのレストランやプレゼントも高価な物でないと納得しない。マッチングアプリを通して知り合った際は貯金があった金田も1年付き合ううちに貯金は底をつきあっという間に借金を積み重ねていた。そしてそんな彼女に振られてしまった。
理由は初めて彼女を家に迎えた時にボロアパートを見るや否やすぐに振られてしまった。
初めて付き合った彼女にこんな理由で振られたのだから彼が鬱病になるのも仕方のない事だろう。そして鬱病になった人間が1ヶ月の休職の後に会社を離職したのもまた当然の成り行きだろう。
ピンポーン。急に呼び鈴が鳴った。ここ最近の来訪者といえば借金取りだけで呼び鈴なんて鳴らさないから珍しいなと思いつつ金田は玄関に出た。普通の人間なら居留守を使うが金田は今人と喋りたいそんな欲求に駆られたのだ。
玄関を開けるとそこには小柄で初夏にもかかわらずロングコートにハットを深く被った若い青年が立っていた。目元は見えないがキメの細かい肌と口元だけで美青年だと金田は確信した。
「あなた人生に絶望してますね…良い話があるから中に入れて下さい。」明らかに胡散臭い。
ただ彼のその美しい風貌と声におされ金田を彼を部屋に招き入れるのであった。