モブ教師とよくある修羅場での
学生時代、勉強が人より少し得意で、よく後輩の面倒を見ていた。教えた人達が理解していく姿や成績を上げていく姿になんか嬉しくなってきたりして、自分には教師が向いているんじゃないかって進路を決めた。
伯爵家の末子だったし親も程よく放任主義だったからか、無事に教師になり10年目。現在、最大のピンチ。
麗らかな昼下がり、学園の中庭には最近編入してきた平民の女生徒と王子殿下、そしてその婚約者である公爵家のご令嬢が対峙していた。
「王子殿下、そちらの方とはどのようなご関係かしら。そんなはしたなく腕を絡ませて…」
「アンナは友人だ!君こそアンナを平民だと蔑み、取り巻きを使って悪質な苛めを繰り返しているそうじゃないか!!!!」
「そちらの方は婚約者のいらっしゃる殿方と距離が近いようでしたので、お声かけさせていただきましたが…それを苛めだとおっしゃるのかしら」
「ハッ、制服を汚したり教科書を捨てたりしただろう!」
「記憶にございませんわ。どなたかとお間違いでは?」
「そんなっ……キャンベル様酷いわ!」
他の学生に呼ばれて駆けつけてみれば、高貴な方々の言い争い。他の教師は誰も止めに入ることができず、ただ、不安そうに見守っていた。
教師の中でも伯爵家の自分が家格的には一番上、それに後ろ楯があると皆知っているのだろう。僕なら止められると言わんばかりのこの視線。
勉強を教えることは得意だけど、こんな思春期の王族や高位貴族の対応なんて無理に決まっている。
決まっているが、仕方がない。
魔力を手のひらに集め、音が響くように両手を打った。
パンッと大きく響いたそれに、渦中の3人は目を瞬かせてこちらを向く。
「王子殿下、キャンベル嬢、アンナさん。周りに迷惑をかけてしまっていますよ」
しかし、3人は僕の姿を見てつま先から頭のてっぺんまで視線を滑らせたあと、人を小馬鹿にしたように鼻で笑った。貴族名鑑を熟知している王子殿下とキャンベル嬢は僕の家格を、アンナさんは特に秀でることのない僕の見た目から、相手にすることはないと踏んだんだろう。
教師にまでこの態度。今の子って擦れているな、なんて思いながら、彼らに近づきもう一度声を掛ける。
「お三方、言い争いは何の解決にもなりません。教師立ち合いのもと、話し合いましょう」
「うるさいな!伯爵家風情が何をしゃしゃりでるか!」
「王子殿下、確かに貴方は貴い身分ではありますが、学園では爵位は関係ありませんよ」
「あ~ら、王子殿下。人には身分を笠にそんな物言いをして、御自身は平民の女生徒……あぁ、王子殿下の物言いだと平民風情の女、かしら、それと寄り添っているのは茶番では?」
「キャンベル嬢、口を慎みなさい」
キャンベル嬢を嗜めるが、彼女は反省もせずに嗤っている。その様子に、ついに王子殿下がキレた。
「っ、私は王子だぞ!!!!」
ワッと拳を構え、キャンベル嬢に襲いかかった。2人の間に身を滑らせたが、防御陣の展開までは無理だった。頬と鼻に強い衝撃を受け、身体が吹き飛んだ。視界には火花が散り、痛みに涙が滲む。バカ王子、身体強化して殴ったな。頭がぐわんぐわんと揺れ、吐き気に起き上がれそうにもない。
滲む視界の中、王子殿下が逃げ出そうとした瞬間、中庭に轟音が鳴り響き、一帯を目映い閃光が染めた。よく知る魔力の奔流に、あーあと心の中で頭を抱えた。
「──お前は何をしている」
光が収束した後、そこに立っていたのは黒髪の美丈夫。誰もが知るのその人は、王子殿下を泰然と見下ろした。王子殿下は目の前の男の姿を認め、サーッと顔を青ざめさせた。
「おっ、叔父上…どうして、こちらに」
カチカチと歯を鳴らしながら王子殿下が問いかけると叔父上と呼ばれた男はゆっくり目を細めた。
「俺の問いに対する答えを聞いていないンだが……まぁ、いい」
男は王子殿下の額を指で弾いた。児戯のような軽い力だったが、王子殿下は見えない力に圧されたかのようにその場に崩れ落ちた。
「あっ…!?が、ぐぅっ」
「お前がね、俺の可愛い先輩を殴り飛ばしたからだよ」
男は王子殿下に背を向け、どんどんこちらに近づいてくる。僕はなんとか顔を上げ、へらりと笑った。笑ったタイミングで鼻からだらりと血が溢れ、とんでもない様相になってしまったが。
「い、一週間ぶりですね。王弟殿下」
そう。この男はあの王子殿下の叔父であり、この国の王弟でもある。麗しい王弟殿下は無言のまま僕に治癒魔法をかけると大きくため息を着いた。そして、背中とひざ裏に手を差し込まれ、所謂お姫様抱っこで抱き上げられてしまった。
「わっ、ちょ!殿下!下ろしてください!」
「……」
下ろしてほしくて彼の厚い胸を叩くが、無表情のまま無視されてしまう。あーこれ、結構怒ってるなぁ。周りに生徒いるし、本当は知られたくなかったけど、しょうがない。
意を決して彼の唇の端に自身の唇を押し当てた。ちゅ、と可愛らしい音を立てたそれに、周りの生徒や教師からは悲鳴が上がった。
「殿下、助けに来てくれたのは嬉しいけど無視は駄目でしょう」
「──っ、それはズルくない?一週間ぶりに会う可愛い先輩がボコられてた俺の心境は考慮してくンないの?」
「30過ぎのおっさんを可愛いって言うの殿下だけですって…。それに考慮しても、僕を無視するのは違うとお、もっ」
かぷり。王子殿下への抗議の言葉は彼の唇に奪われてしまう。舌で上顎や歯列をなぞられ、舌の根を擽られ、その気持ちよさに下肢が兆してしまいそうで、慌てて身を捩るが彼に散々拓かれた身体だ。ロクな抵抗にもならない。もう駄目だ。生徒に見られてもう教師生活も終わりだ。
「お、叔父上……その教師は一体…」
「俺の恋人だけど?王族の身分を振り回し止めに入った教師を殴った。それだけでもお前はどうしようもないのに、殴った相手が俺の恋人ってねぇ」
俺は許さないから。
そう吐き捨てて僕を抱えたまま、王弟殿下はその場を立ち去った。
その後、王子殿下は同盟国へと婿にはいり、キャンベル嬢とアンナさんは謹慎処分を受けたそうだ。
僕は流石にあのまま学園には戻れなくて、今は彼の領地に小さな学校を開き、教師を勤めている。
「なんで色々あったのに教師で居続けることを許してくれるんですか?」
「先輩が勉強を教えている姿が一番好きだから?」