16.
「……じゃあ、淳子さんは本当に娘を愛しているということなのですか?」
「えぇ……そうよ……」
奏の言葉に淳子が涙を静かに流しながらそう答える。
奏たちは淳子が落ち着いていることから、病室で話を聞くことになった。最初は淳子も興奮気味だったのでまともに話が出来ないと本山が言っていたが、少しずつ落ち着いてきて、今は自分がした行動が茉理を苦しませていたんだということを深く反省していると言う。
そして、警察から茉理が更に事件を起こしたことを知り、もう娘が自分のところに戻る事はないかもしれないと感じると、もっと親身に接してやれば良かったと後悔していた。
淳子が刺された時の状況も淳子は詳しく話してくれた。その話を聞いて、奏たちはそれが事件の真相だと知る。茉理は束縛する母親よりも暴力を受けていても敦成を選んだ。そして、母親がいなくなれば敦成の暴力も無くなるかもしれないと考えたのだろう……。
「……茉理はまだ見つからないのですか?」
淳子が言う。その声で茉理をすごく心配しているのが見て取れる。
「先程もお話しましたように、事件として茉理さんの行方を探しています……。ちなみに、茉理さんが行きそうなところはご存じありませんか?」
奏の言葉に淳子は首を横に振る。
「もう一つお聞きしていいでしょうか?」
「何でしょうか……?」
奏の言葉に淳子が項垂れたように言葉を発する。
「どうしてそんなに茉理さんの事を愛しているのに、束縛するようなことをしたのですか?」
奏の問いに淳子はしばらく何も言わない。どう話せばいいのか思案している様子だ。
「……私は――――」
そう言って、淳子が自分の子供の頃の話を始めた。
話の内容はこうだった。
淳子の家は豊かな方で生活自体に困ったことはなかった。しかし、淳子は本妻の子ではなく、妾の子供だったので家ではいない存在のように扱われてきたのだという。淳子がその家に入ることになったのは、淳子の母親が亡くなり、行き場を失ったので父親が引き取ったのがきっかけだ。だが、父親にはもともと妻がおり、子供もいた。その状態でなぜ淳子を引き取ったのかと言えば、父親の家系の立場上、娘である淳子が独りになり、夜の仕事に手を染めてしまうと、親族に何を言われるか分からない……。そして、外に愛人を作って子供まで産ませていたことが分かれば、親族から白い目で見られてしまう……。その為、淳子を本妻との子供ということにして家に入れたのだった。だが、家族はそんな淳子を心の中では疎ましく思い、家では「いない子供」のように扱った。
そんな環境で育ったので、淳子は強く愛情を求めるようになっていったが、いざ、結婚して旦那になった人をどうやって愛したらいいのか、その方法が分からなくて、強い愛情を求めた結果、離婚することになり、娘の茉理にもどう愛情を注げばよいか分からなかったので、束縛するような形になっていったのだという。
淳子は人の愛し方が分からずに育ったために、愛する人を束縛するような形になっていったのだった……。
「私は……ただ、愛されたかったのよ……。誰かに強く愛されたかった……。ただ……それだけなのよ……」
涙を流しながら両手で顔を覆う。
愛されたかっただけなのに愛されずに育った……。
だから、愛し方が分からない……。
声を押し殺しながら淳子が涙を流す。きっと、ちゃんと愛されて育っていれば、そんな行動は取らなかったのだろう……。
育った環境が淳子の性格をこのように形成させてしまった……。
淳子も悪くはない……。
ただ、愛されたかっただけ……。
「愛されたかった……。ただそれだけなのよ……それだけなのよ……」
淳子はそう言って、涙を流し続ける。その話を聞いて奏は悲しい気持ちで溢れかえっていく……。
淳子が愛されて育っていたら、いい母親になっていただろう……。
そう思わずにはいられなかった……。
「車を探そう!」
病室を出ると、本山が覇気のある声で言う。
奏たちは美玖と会う約束を取り付ける手配をすると、美玖がいる病院に向かった。
「……ここも久しぶりだね……」
ネットカフェの個室を借りて、茉理と敦成が横並びに座り、肩を寄せ合う。
逃げるにしても、どうやって逃げればいいか分からなかったので、とりあえず茉理と敦成が付き合っていた時によく利用していたこの場所に身を潜めた。
「……茉理、なんであそこにいたんだ?」
敦成が茉理を抱き締めながらそう言葉を綴る。
「気付いたらあの場所に行ってたの……。あの場所……覚えてる?」
「あぁ……、よく覚えてるよ……」
「仕事が終わってよくそこで二人でお疲れ様の乾杯をしていたよね……」
「あぁ……、コンビニでつまみも買って二人で飲んで騒いでいたよな……」
「楽しかったね……」
「あぁ……、すごく楽しかったな……」
二人で思い出を語る。
「ねぇ……、敦成……。なんで仕事辞めちゃったの……?」
茉理がずっと聞きたくても聞けなかったことを聞く。
「そのさ……、不安だったんだ……。俺が仕事に行っている間に茉理が誰かに持ってかれたらどうしようって……。そう思うと仕事がどんどん手に付かなくなって……ミスしまくるようになってさ……。それで、辞めたというよりは辞めさせられたんだ……」
敦成がそう語る。茉理はその言葉に何も言わない。
「どうして、暴力を振るうようになったの……?」
茉理がそう言葉を綴る。
「それは……」
敦成が言葉を詰まらす。
「例の過去が原因……?」
「っ……!」
茉理の言葉に敦成が言葉を詰まらす。
「やっぱりそうなんだね……」
「その……さ……、何が何でも茉理を繋ぎ止めたかったんだ……。間違っているって言うのは頭のどこかで分かっていたんだけど……止められなかった……。ごめん……」
「そっか……」
しばらく沈黙が流れる。
「敦成……、覚えてる?ここに来てよく二人で大人向けの雑誌読んでてなんだかそういう気分になって、早々にここを出てよくホテルに行ってたの……」
「あぁ………。覚えてるよ……。後、ここでよく二人で映画も見てたよな……」
「うん……。二人で映画見てはその感想とかを言い合っていたよね……」
「楽しかったな……」
「うん……、楽しかった……」
二人で思い出を語り続ける。
「もう……あんな日々には戻れないんだよね……?」
茉理が悲しそうな表情をして、言葉を綴る。
「だって……、私は犯罪者になっちゃったんだから……。見つかったら捕まるんだよね……?」
涙目で茉理が敦成に顔を向けながらどこか助けを求めるように言葉を綴る。
「茉理……あのさ……」




