後編
あれから、というか、あの初めに家に尋ねてきた日以来、デューイ様は父と秘密裏に会っていたらしい。アニカの婚約パーティーに出席すると言ったら、渋い顔をされたものの、パートナーをデューイ様がして下さるというと苦渋の決断と言った表情ではあったものの行くことを許可してくれた。
デューイ様は、ドレスも贈って下さって、深紅のドレスに珍しいお色ですね。と、メイドがはしゃいだ声をあげるのを上の空で聞いていた。だって、これ__
__デューイ様の瞳の色だ。
「くれぐれも気をつけなさい__娘をよろしくお願いします」
心配そうな父から、私の手を受け取ったデューイ様は、今日はダークブルーのジャケットと揃いのスラックスで揃えている。シャツは生成りでタイにも金糸が入っており、祝い事に合わせた雰囲気だ。金にも見える琥珀色のカフスボタンが彩を添えている。
「もちろんです。リンジー嬢と伯爵の、そして王国の憂いを祓うために、今日ここに、俺はいるのです」
行こうか、と促されて彼の腕に手を添える。
「よく似合ってる。君は、いつも着ている柔らかな色も似合っているけれども、その色も神秘的な妖精のようでとても綺麗だ」
お世辞でもこんなに褒めてくれるのは、うれしい。顔は赤くなっていると思う。
でも妖精って、もっと淡い色のドレスを着ている人に使う言葉だと思う。表情から疑問を読み取ったのか、わかってないなと彼は笑う。
「夜の妖精のようだ。ドレスだけ見たら女王なんだろうけど、君の優しげな顔立ちと柔らかな雰囲気、月色の瞳はどう見ても夜の妖精、だろ」
真顔で言い切られて、余計に照れてしまう。彼の目にはそう、写っているのだろうか。基本的に嘘なんてつかない人だから、こんな言い方されると反応に困ってしまう。
とりあえず、挨拶に行こうか、と言われて頷く。
オスカー様とアニカは沢山の人に囲まれて幸せそうに笑っていた。私が近づくと、周りの人たちはよく来れたものだ、恥知らずなと、こちらにぎりぎり聞こえる声で囁き合い、道が開くように人波が割れる。
「ガノシア侯爵令息様、アニカ。婚約おめでとうございます」
私が進み出るとオスカー様に本当に来たのかと言いたげな顔で睨まれた。
「よく顔を出せたものだな。しかも男連れで。こいつが浮気相手だったのか、それとも新しく引っ掛けてきたのか」
憎しみすら感じる目で睨み据えられても、デューイ様は全く動じず、冷めた目でその視線を受け止めている。
「失礼なことを言わないで下さい」
「どの口が失礼などと言っている。俺は謝罪に来いと言ったはずだ。なぜパートナーなど連れている」
流石にこの言われようには開いた口が塞がらない。パーティーにエスコートなしで来いと? 本気で言っているのかしら。何年もオスカー様の傍にいたけれども、こんな人だったなんて。失望なんてとっくにしていたと思っていたけれども、まだ何らかの情はあったらしい。今、それが粉々に砕け散った音がした、気がした。
「失望しましたわ」
今までの表情を消し、無の表情で見やれば、一瞬オスカー様が気圧されたようにのけぞった。
「私はお二人のお祝いに来ました。馬鹿にされ、謂れのない噂を流され、こちらの話も聞かず一方的に決めつけられて」
強く握りしめた拳が震えている。それをそっと上からデューイ様が握ってくれる。大きな手に勇気をもらって震えが止まる。
「私は、アニカのこともオスカー様のことも好きでした。それなのに、どうして言ってくれなかったのですか? 二人が想い合っていて、私が邪魔なのだったら、どうして先に言ってくれなかったのですか!?」
そんなに私は信用できませんでしたか? そんなに邪魔で__
「__命を狙うほどに、憎んでいたのですか!?」
最後に悲鳴のような声で叫ぶと、詰め寄られて驚いた顔をしていたオスカー様が、どういうことだ? と言った。
「私が邪魔だったんでしょう? あの日、オスカー様のお見舞いに行った私を襲ったのはオスカー様とアニカが雇った賊なのではないですか?」
怒りに任せて、言うはずのなかった不安や不満を一気にぶちまける。
今まで、私を責めるばかりだった人波は、オスカー様とアニカに疑いの目を向け、ざわざわと騒がしい。
ふーふーと肩で息をする私の腕を、デューイ様は静かに、宥めるように撫でている。
「でも、もういいのです」
静かな目で二人を見つめると、オスカー様が焦ったように口を開いた。
「待て、待ってくれ。そんなっ。俺は……俺は……」
オスカー様はこちらに手を伸ばしてくるけれども、その手を避ける。
その後に続く言葉はない。この後に及んで何を言うというのだろう。私の視線はどんどん冷える。彼は絶望したような顔をしている。
アニカが何かをしきりに話しかけているけれども、彼はその手を振り払った。
「そもそもお前がっ。お前のせいで……」
暗い目をしたオスカー様が立ち上がり、アニカの方にゆらゆらと歩いて行く。彼はどことなく狂気めいていて、背筋に悪寒が走る。
アニカは、嫌、来ないで。と言いながら後退る。
「__そこまでだ」
朗々とした声が響いて、振り返るとデューイ様が誰かに合図をしていた。
そして現れたのは__
「……王太子殿下?」
デューイ様に小さく手を上げてこちらに歩いてくるのは、紛れもなくこの王国の王太子殿下だ。 御年30歳。老年の王に代わり、精力的に政務をこなされていると聞く。
「ガノシア侯爵子息、オスカー、ならびに、スコット伯爵令嬢、アニカ。二人にはとある容疑がかかっている。話を聞きたい」
ガノシア侯爵夫妻が、顔一杯に驚きを浮かべて、転がるようにして出てくる。父もいつの間にか王太子殿下の傍に控えていた。
「別室で行っても良いが__伯爵はどう思う」
問いかけられた父は言った。
「許されるのならば、この場で」
お願いしたく。と続けるとざわめきが大きくなる。
あいわかった。と鷹揚に王太子殿下は頷いた。
パンパンと手を鳴らして静寂を取り戻し、彼は切り出した。
「さて、そもそもこの件の発端は、xxx年xx月xx日に遡る。その日、オスカー殿は体調を崩していた。そしてリンジー嬢は、オスカー殿を見舞いに家を出た」
そうだね? と確かめられるので肯定する。
「しかし、問題はその後だ。彼女は途中で賊に襲われ、記憶が朧げなまま自宅に戻った」
再び頷く。
「その賊を捕らえたのが、そこの男だ」
王太子殿下がデューイ様を手で示す。アニカは青ざめたままデューイ様の方を見て、信じられないと言わんばかりに首を振っている。
「彼はデューイ・ルーラー。ルーラー家の当主だ」
その言葉に顔色を変えたのは、ガノシア侯爵だった。他の貴族の当主であろう男性達にも動揺が広がる。
「ルーラー? まさか、本当に?」
震える声で馬鹿な。と繰り返す彼に、見せてやるといい、と王太子殿下はおっしゃった。
デューイ様があの月に荊棘の絡みついた紋章を高く掲げて見せると、侯爵は崩れ落ちた。
おしまいだ。とうわ言のように言う彼を侯爵夫人がおろおろと見ている。オスカー様は顔を伏せ、項垂れたまま動かない。
「侯爵と伯爵に願い出る。ガノシア侯爵令息、オスカーとスコット伯爵令嬢、アニカに真実の口を使う許可を」
王太子殿下の願いとは、王命ではないもののせまるものがある。願いとは言っているものの、ここで拒否すれば王国に仇為すと見做されても仕方ない。とくに今回のような犯罪に関わることであっては。
父は躊躇いなく、侯爵はやるせなく是、と答える。
「まずは、ガノシア侯爵令息、オスカーから」
オスカー様は抵抗しなかった。
デューイは面白い力を持っていてね。彼の目を見るんだ。王太子殿下に促されて、オスカー様がデューイ様の方を向く。
「……リンジーを愛していた」
やや虚な目をしたオスカー様が話し出した。
「リンジーは俺のことなどなんとも思っていなかった。それでも良いと思っていた。けれど、あの日、俺の見舞いに来ると言って家を出たのに、逢引きを、駆け落ちをしようとしていたと聞いて、どこかで、やっぱりと思った」
「それは誰から聞いた?」
王太子殿下がお尋ねになる。
「アニカだ。彼女からはたびたびリンジーの浮気を聞かされていた。でもとてもリンジーがそんなことをすると思えなかったし、証拠もなかった。けれど、あの日は実際に彼女は来なかった。何をしていたのかと後から聞いても、はっきりと答えなかったのを見て、怒りで耐えられなくなった」
「結局、リンジーにとって、俺はそんなものだったんだと思って。婚約を破棄した。他の男に想いを寄せたリンジーを見たくなかった……」
それが全てかい? と尋ねると、そうだ。と彼は言った。
「最後に、彼女が襲われたこと知っていたかい? もしくは襲うように依頼したかい?」
「それだけは__ありえない」
もういいよ。と王太子殿下が言うと、糸が切れたようにオスカー様は膝をついた。
私は何とも言えない気持ちになる。オスカー様は私を愛していたというけれども、私は彼を幼馴染以上に思えなかったし、同じだけの想いは返せなかっただろう。それを思うと、信じて欲しかったとも言いにくい。このすれ違いは、起こるべくして起こったのかもしれない。
このまま何事もなく婚約して、夫婦になっていたとしても、オスカー様は愛していると言いながら私を疑い続けたんじゃないだろうか。そう思うと、婚約破棄されて良かったのかもしれない。鳥肌が立ち、思わず腕をさすった。そっと、デューイ様が寄り添ってくれる。
「次にスコット伯爵令嬢、アニカ」
彼女は逃げようとして女性騎士に肩を抑えられたようだった。
「どうしたんだい? 真実の口を受ければ、身の潔白を証明できる。それはオスカー殿が先にやってみせてくれただろう?」
アニカは王太子殿下のお言葉にも顔を背けている。
デューイ様はアニカの方にゆったりと歩み寄った。血の気の失せた顔で、嫌々をするかのように首を振るアニカにむりやり目を合わせる。
彼女が逃げようとすると、拘束しろ、と王太子殿下の指示が飛んだ。
女性騎士が彼女の顔を固定する。
ややあって、デューイ様が離れるとアニカは話し出した。
「……ずっと、ずっとリンジーが憎かった」
彼女は自身の手で喉を押さえているけれども、言葉は止まらない。
「私の父は騎士爵だった。従姉妹のリンジーは伯爵令嬢なのに、私には次げる爵位がない。ドレスも人形も、ずっと私より綺麗なものを持っていて、愛してくれる婚約者もいた。私よりずっと恵まれていて、でも彼女はそれを当たり前だと思ってる。それが許せなかった」
続けて。と王太子殿下が促す。
「父が亡くなって、私が義妹になっても、彼女は優しかった。お養父様は私のことも可愛がってくださって、けれど彼女の分の愛情を奪い取ることは出来なかったわ。綺麗なドレスを着れるようになっても、私は満たされなかった」
アニカは開き直ったのか、こちらをキッと睨んできた。
「学院ではリンジーは何てことない顔して課題をこなすの。私がこんなにも努力しているのに、良い子でいて可愛く笑って、必死に友達も作って。なのに、彼女は全部持っているの。たいして努力もしていないのに」
「だから、人を雇って彼女を襲わせたのか?」
そうよ。と彼女が肯定する。
ひっという誰かの息を呑むような悲鳴が聞こえた。
「殺すようにとまでは言ってないわ。宝石をいくつか渡して、かなり生活に困っていた人たちにお願いしただけ。犯罪者になるのはごめんですもの。殺そうとしたなんて証拠になる言葉なんてないの。いなくなってしまえばいいとは思ったけれども。いなくなってしまえば、彼女は過去になる。語ることのできないリンジーは、逢引きしに街に降りてそのまま駆け落ちしてしまうの。可哀想なオスカー様もお養父さまもみんな私が愛してあげれば幸せになれる。そのはず……だったのに」
狂気じみた笑いを浮かべる彼女はとてもいつも明るく、大輪の花のようだった少女に重ならない。
もういい。と王太子殿下が言うとアニカは口を閉じた。
静寂が降りる。
「スコット伯爵令嬢、リンジー、何か二人に言いたいことはあるかい?」
王太子殿下に静かに問いかけられて、私は前に進み出る。
「いいえ。何も。思うところはあれど、私の二人への想いは壊れてしまったのです。何も、望みません。罰も、なにも」
穏やかな、不思議と穏やかな気持ちだった。興味がない、とでもいうのだろうか。先ほど、パーティーの最中に全てぶちまけてしまって、私の中にあった想いは消えてしまった。
恨みも感傷もない目を向けると、二人は何かしら思うところがあったらしい。どちらも複雑そうな、傷ついたような表情を浮かべた。
「さて、困ったな、どうするか。罰を望まないと言ってもな」
普通なら殺人未遂は幽閉ぐらいされてもおかしくない。しかし、証拠になるはっきりとした言葉もないしなぁと悩む王太子殿下にすっとデューイ様が手を上げた。
「発言を」
促されて彼が話し出す。
「彼らには何もしない、という罰を与えてはいかがでしょうか」
「続けて。詳しく」
デューイ様は言う。
「リンジー嬢は彼らに何も望まないと言った。で、あるならば。そのままにするのが一番の罰でしょう」
アニカは伯爵が代替わりするまで、伯爵家から籍を抜かない。結婚もするのは自由。しかし、リンジーの傍に置いてはおけないので、行儀見習いに。彼が次げた夫人の名は。裁判官を務める方がご主人で、非常に正義感が強く、行儀作法にも厳しいと聞く。問題のある貴族令嬢の更生を何人か請け負っていたことがあるという。
オスカー様も、代替わりするまで侯爵家から除籍することを禁じた。結婚するのも婿入りするのも自由だという。
けれども__
「結局、デューイ様がおっしゃった罰って……」
今私は、デューイ様のお屋敷に遊びに来ている。
あの後、私は、酷い醜聞を起こしてしまったので、やはり勘当して修道院に入れて欲しいと父に願い出た。この世界に未練も何もないと清々しい気持ちで。けれど__
少しだけ待ちなさい。と言われた次の日、応接室で待っていたデューイ様に捕まってしまったのだ。
「リンジーは、疲れてしまったんだよ。療養が必要だと思わないか? 俺はリンジーが居なくなったら寂しくて食事も喉を通らないかもしれない」
俺は死んでしまうかもしれないな、と悲しげに言われて、書物に書いてあったことがリフレインした。
__伴侶のいない吸血鬼は早死にする。
「デューイ様、死なないで」
何も浮かばない頭を置き去りに口が勝手に言葉を紡ぐ。身体は思わずと言った様に彼の手を握りしめている、彼はつらそうに眉を顰めて言った。
「リンジーが助けてくれるのか?」
私にできることなら。また勝手に動く口が言うと、じゃあ婚約者になろうか。と言われてあれよあれよと言う間に手続きが終わり、気がついたら療養という名目でデューイ様のお屋敷に泊まりがけで遊びにくることになっていたのである。もう3週間ほど滞在していて、毎日彼はお仕事に行く以外は私に構ってくれている。
なんでこうなったんだろうか、と思いつつ、今は彼の膝に乗せられてお菓子を口に運ばれている。
「今更ですけど、デューイ様普通の食べ物も食べれるんですね」
というと、まあね。と返ってきた。
なんでも嗜好品に近いらしく、お腹は膨れるけど栄養価はない、みたいな状態になるらしい。
使用人の人たちは王家から派遣されてきているらしく、とても仕事のレベルが高い。
あーん、と雛鳥のように食べさせられつつ、それとなくアニカ達のことを話題にしようと思ったのだけれども、まるで測ったかのようなタイミングで口にものを入れられて失敗している。
恨めしげな目でじとっと見つめると、彼は敵わないなというように肩をすくめた。
ふいに、ふふっと彼が満足そうに笑う。
何ですか? と問いかけると、彼は私の頬を、その冷たい指でむにっとつまんだ。
「ちゃんと表情が変わる様になった」
噛み締める様に言われて、そういえば、と自分でも頬を確かめる様に触る。
「よかった…ほんとうに……」
感慨深げに揺れる瞳で見つめられて、本当にこの人に心配をかけてしまったのだと実感する。
「私が今、笑えているとしたら、お父様とデューイ様のおかげです」
修道院に行きたいと言う私をデューイ様に預けた父、あの言葉をどんな気持ちで聞いていたのだろうか。
「アニカとオスカー様は今、大変だと聞きました。その……針の筵だとか。その時は何とも思わなかったんですけど……」
「今は何か思うことがある?」
「少しだけ」
正直に話す。
二人が私にしたように人々に遠巻きにされ、噂されていると聞いても良い気味だとは思わない。
それぞれに複雑な気持ちを感じることもあるけれども、すべて私の中では終わったことなんだと。
「私の中で、二人は過去の人になってしまったのでしょうか?」
「それが、二人への何よりの罰かもね」
静かに私をあやしながら、デューイ様は続ける。
「彼らはリンジーに愛なり、憎しみなり大きな感情を持っていたからね、君に興味を持ってもらえないのはきついんじゃないかな」
ふと彼が私を覗き込んだ。
「俺のことは?」
「え?」
俺のこともどうでもいい? と少し目を伏せて悲しげに聞かれる。
慌てていると、ふっと笑われた。
____やっと____言える。
呟かれた言葉を聞き返そうとして、その前に彼が続ける。
「好きだよ、リンジー」
真っ直ぐに視線を上げられて、投げられた言葉が浸透していく。
ぼろっと涙が勝手に溢れて、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「私も。私も好き__」
自分でも驚くほど満たされて、ずっと不安だったんだと気づいた。婚約者にしてもらったけれども、それは彼が優しいから、私を助けるために申し出てくれたんじゃないかと、どこかで思っていた。
それを、つかえながらもたどたどしく伝えると、ごめんね。と言って彼は私をぎゅっと抱きしめた。
そうして、彼も心のうちを語ってくれた。デューイ様は私が壊れてしまいそうでずっと怖かったのだと。何も感じないというような私を見て、いつか、私が笑える様になるまでは、想いを伝えないでいようと思ったのだと。
「俺たちは、もっと言葉を尽くすべきなのかもな」
ややあって、彼がぽつりと落とした言葉は、胸に響くものがある。
もっとお互いに思っていることを伝え合っていたのなら、アニカやオスカー様とあんなことになることはなかったかもしれない。
もう__間違えない。
__間違えたり、しない。
この際、気になることは聞いてしまおう。
「デューイ様は長い年月を生きていると聞きました。私は、あなたより先に死んでしまうのですね?」
問いかけると、
「リンジーはどうしたい?」
と、思ったより深刻に聞かれた。
彼が言うには、死にかけた私を繋ぎ止めた時に、彼の血液をかなり流し込んだのだという。新しい吸血鬼はお互いに血を分け合う、つまり飲ませ合うことで生まれる。
私はかなり彼の血を注がれてしまっているので、彼が私の血を飲んでしまえば、私は吸血鬼になってしまうのだそう。
それならば、迷うことなんてなかった。
「私、デューイ様に血を差し上げたいのです」
即答したわたしに、彼は真意を問う様な目線を送るけれども、
「……図書館で挿絵をみたんです」
首筋を噛む吸血鬼の絵。あれを彼が他の人にするなんて耐えられそうにない。
「他の人の血なんて飲まないで欲しいの」
懇願する様に見上げると、彼は目元を手で覆った。
ああ、とか、うう、とか言って、しばらくこっち見ないでと顔を伏せられてしまった。
「伯爵にはね、実は許可を願い出てる。リンジーの好きにしなさい。だって」
それからね、人でも吸血鬼でもいいから、笑顔で里帰りして欲しいって。
父の言葉にまた涙が滲んでくる。胸に込み上げてくるもので言葉にできずにいると、伯爵家はリンジーが継がないなら親戚から養子を取るから心配いらないって伝えてくれってさ、と続けた。
後で伯爵からの手紙見る? と言われて大きく頷く。
自然と笑顔を浮かべると、デューイ様はとても嬉しそうに笑った。
「リンジーが笑顔でいることがさ、何よりも嬉しいし、俺たちはあの二人を許していないから、彼らへの何よりの罰なんだよね」
それを聞いて、余りに彼がいい顔で言うから、声を出して笑い転げてしまったのだけれど、そうかもしれない。と思った。
デューイ様達が許せないと言うなら、彼らを許す必要はない。私は彼らのためでなくデューイ様たちのために、大切な人たちのために笑おう。
それが私にできるあの二人への、自分の意思でする反撃だから。
もともと、強い愛や憎しみを抱いている対象にどうでもいいと忘れ去られる。過去の人にされてしまう。というのが何よりの反撃、というテーマで書き始めたのですが、結びとして使うにはとても暗く重すぎると思ったため、笑顔が一番の反撃。とさせていただきました。
お読みいただきありがとうございます。