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「……っ、はい。問題ありません……!」

「今さっき店内で起こったという沙汰について、他にも証人はいるな?」

「ええ。勿論です」


 淡々と問う龍彦に、背後に庇った女はしっかりと頷いた。

 食堂の中からは、女給らしき娘たちもうんうんと頷いている。


「おいお前。仮にも警視庁舎のお膝元で下世話な捕り物をさせてくれるな」

「ひ、ひえええっ、警察官……!?」

「話を聞いてやる。これ以上の醜態をさらしたくなけりゃ、大人しくついてこい」


 龍彦の身なりに気づいたらしい男は、途端に勢いをしぼませる。


 自分より弱いもの相手にしか大きく出られない卑怯者。同じ男として心底情けない。


「こらあああ! まあた何かやらかしたかあ、朝川!!」

「げ」


 男を捕縛し終える頃合いに、群衆を分けるようにして見知った人物が飛び出してくる。

 先ほど龍彦に厳重注意を言い渡した、現場上官だ。


「何もやらかしちゃいませんよ。たまたま厄介ごとに出くわしたんで男をしょっ引いただけです」

「嘘じゃなかろうな! また適当な因縁を付けて、市民に乱暴を働いたわけでは」

「適当な因縁なんざついたことはございません。すべて向こうから売ってきた喧嘩ですし、全て鍛錬の一環です」


 これもいつもの押し問答だ。

 長くなりそうだとげんなりしていると、傍らに誰かが進み出る気配がした。


「警視庁中央部江口警部補どの!」


 振り返った先には、先ほどの女子が佇んでいた。

 制服を纏う龍彦や上官に物怖じする風でもなく、その大きな瞳を真っ直ぐに向けてくる。


「こちらの方は今しがた、店で不埒な行為を働いた男から私を守ってくださいました。この方の落ち度はつゆほどもございません。何卒ご理解を」

「おお。これはこれは、満乃(みつの)さんではないか」

「はい。いつもお世話になっております」


 上官が認識するや否や、女もふわりと笑顔を見せた。

 先ほどまでの触れれば刺さりそうな気高い雰囲気とは正反対の女の表情に、一瞬呆気にとられる。


 そしてその微笑みは、すぐに龍彦自身にも至近距離から向けられた。


「朝川さま。先ほどは誠にありがとうございました。お陰で店の者も皆怪我もなく無事です」

「俺は最後の悪あがきを押さえただけだ。大半はあんたの腕力と啖呵で事足りていただろう」

「満乃さん……あなた、また派手な接客をやらかしたのですか」

「いいえ警部補どの。あれは客ではございません、客の顔をした(くそ)野郎です」

「こら! うら若き女子がまたそんな言葉遣いを!」


 満乃。

 そう呼ばれた女は、上官とも顔馴染みらしい。


 ともあれどうやら追加の始末書は免れたようで、龍彦は内心安堵の息を吐いた。


「それはそうと……朝川さま、失礼いたします」

「は?」


 淑やかな前置きのあと、満乃は龍彦の右手を掬いあげた。


 着物の袖からハンケチを取り出すと、満乃はせっせと龍彦の手に巻いていく。

 先ほど大石に突きをしたときにできた、小さな裂き傷の箇所だ。


「先ほどの突き、お見事でした。流石赴任初日から話題の的になっていた朝川さま」

「俺のことを知ってるのか」

「ふふ。店のお客人から、お噂はかねがね」


 どうせろくでもない内容なのだろうな。

 辟易とした表情を浮かべる龍彦に、満乃が一層笑みを濃くする。


「でもあなたは、ただの荒れ狂いの乱暴者というわけではありませんね」

「は」

「はい。簡単ではありますが、できました」


 気づけば手に巻かれたハンケチが、傷を残した龍彦の手元をうまいこと包みこんでいた。

 指を多少動かしてもずれない。こうした手当てに慣れているのだろう。


「名前の紹介がまだでしたね。こちらで食堂を営んでおります、満乃と申します」

「……朝川龍彦だ」

「もしかすると同世代の方でしょうか。ご不快でなければ、お名前のほうでお呼びしても?」

「好きに呼んでいい」

「あのー、満乃さん? 我々はそろそろ」

「あっ、足止めをしてしまいましたね。申し訳ございません!」


 先ほどの男を連行していこうする上官に、満乃は慌てて頭を下げた。

 ころころ表情が変わる。忙しない女だ。


「龍彦さん。此度のお礼に、ぜひうちのお店に来てください! 美味しいごはんをご馳走しますね!」


 大きく手を振りながら満面の笑みを浮かべる満乃に、龍彦は小さく会釈をして背を向けた。

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