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そして俺を毒殺したのはナターシャだ

「早く逃げろ!」

「は、はいっ! ありがとうございます!」


 泣きながらも礼を言った女性は、大通りに向かって走り去っていった。


 この街にいる限り安全な場所なんてない。願わくは、そのことに気づいて外へ逃げ出せれば良いのだが……難しいだろうな。


 外壁の門は全て閉まっているので、出口がないのだ。籠に閉じ込められた鳥と同じ状態である。


 プルップにとっては餌場みたいな感じか。


 気に入らないな、と思いながらも走り出す。


 路地を曲がると商会が視界に入った。


 建物から膨大な魔力を感じる。それは俺だけじゃなくプルップも同様みたいで、分体が建物を飲み込もうと集まっていた。


 前回のナターシャは俺を助けるために街の外に出ていただろうから、今回は違う行動をしていることになる。予想できていたことだが、あまり良い気分ではないな。


「終わりが見えない!」

「口じゃなく、手を動かすっす!」


 護衛として派遣した二人の騎士がプルップの分体と戦っていた。


 生きている。


 不覚にも嬉しさが湧き上がってしまう。


「オーラで身を守れッ!」


 厳しい指導を繰り返していたかいもあって、頭よりも先に体が動いたようだ。俺の登場に驚きながらも淀みなく、クライディアとエミーは全力でオーラを身にまとう。


 プルップに判断させる時間など与えない。剣を振るって消滅属性を付与したオーラを放つと周辺一帯を覆う。


 プルップは即座に消滅。商会の建物までは届かないようにしたので、中にいるナターシャは無事だろう。


「マーシャル様、どうしてここに?」


 左右を確認しながらエミーが聞いてきた。


 指揮を執っているはずの俺がここに居るのが不思議みたいだ。逃げ出したとは思っていないようで、何か作戦があると考えているのだろう。


「それは俺が聞きたい。お前たちは王都に行ったんじゃないのか?」

「うっ……」


 痛いところを突かれてエミーは黙った。


 クライディアが言い訳をしようとしたので軽く手を上げて止める。


「お前たちにも事情があるんだろう。別に咎めるつもりはない」


 女性を助けてしまったことでプルップは、ここに俺がいると気づいている。スライムは元になった個体――本体と連絡のやりとりができると聞いたことがあるので、これから分体が殺到してくるはずだ。


 戦場の方でも変化は出ると思われるので、老婆の魔族が街の中に現れても驚きはしない。


「二人は引き続き建物を守れ。俺は中に入らせてもらうぞ」

「うっす!」

「任せて下さい」


 商会の建物に入ると室内は散らかっていた。


 羊皮紙が床に散乱していて、カウンターの奥にある魔物の素材も散らばっている。高く売れる物はなくなっているので、店員が逃げるついでに盗んでしまったんだろう。


 逃亡生活には金がかかるので生存率を上げるためにやったんだと思えば、怒りは湧いてこない。むしろたくましく生きろよと、思ってしまうほどである。


 膨大な魔力は二階から感じる。


 階段をのぼってドアが開きっぱなしになっている奥の部屋へ入る。


 物は何もない。


 床には魔法陣がびっしりと描き込まれている。


「お兄様。お待ちしていました」


 部屋の中心に立つナターシャが笑顔で迎入れてくれた。


 専属メイドのメアリーの姿が見えない。もしかしたら彼女だけは、王都へ逃がしたのかもしれない。


「ナターシャが時間を巻き戻していたんだな」

「はい」


 静かに肯定した。

 隠し事をするつもりはないようで、この場で全てを話してくれそうである。


「どうしてだ?」

「お兄様が死んだ後、ずっと後悔していたからです」

「お前が望んだ婚約だったじゃないか」

「それは! お兄様が婚約を許可したから……」


 本当は反対して欲しかったのか。


 女心というのは難しいな。


「でも! 半年ぐらいで破棄する予定でしたっ!」

「だがしなかった。そして俺を毒殺したのはナターシャだ」

「言い訳に聞こえるかもしれませんが……あの時の私は正常でありませんでした」


 瞬時に全ての感情が殺意で満たされた。


 今すぐにでも殺しに行きたくなるのを抑えるのに必死だ。


「ストークのクソ野郎に何をされたんだ?」

「クスリを使われて洗脳されていました」

「いつからだ」

「婚約が決まってからです。ドルク男爵のお茶会へ参加する度にクスリを入れられ、意識が曖昧になったところでお兄様を殺す命令が刷り込まれていました」


 罪を告白していると思っているのか、涙を流している。


 ナターシャは何も悪くない。すべてストークのクソ野郎とその裏にいる協力者だ。


 絶対に許さない。生まれたことを後悔するまで痛めつけ、最後は殺してやる。


「だから俺を毒殺したんだな」

「はい……。お兄様が倒れた驚きで正気に戻った私は、ドルク男爵を殺した後、凄く後悔しました。ずっと昔に戻りたい、そう思って必死に勉強して時空属性を極めました。毒殺事件の五年後のことです。さらに十年かけて巻き戻しの魔法を開発したんです」


 一つの属性をたった五年で極めたのか。

 優秀だと思っていたが俺の想像を超えるレベルだったようだ。


 さらに新しい魔法まで作れるのであれば、この国、いや世界を見てもナターシャに勝てる者は存在しないだろう。


「でもそれだけじゃ足りなかったんです」

「どういうことだ? 世界の時間を巻き戻したんじゃないのか?」

「私の魔力では、巻き戻せても半日ぐらいが限界だったんです。十年もの昔に死んでしまったお兄様の元へ帰るには、何もかもが足りなかったんですっ!」


 その時は絶望しただろうな。


 手に入れたと思ったやり直しの機会を奪われたのだから。

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