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俺は反対です

「遅かったな」


 食堂のドアを開くと父の声がした。細長いテーブルの最奥に座っている。


 記憶の中では頬がこけて顔色は悪かったが、目の前の姿は違う。顔色は良く肌の張りもある。筋肉もしっかりついていて、最後に見たときより体は大きく見えた。


「着替えに手間取りました」

「珍しいな」


 顎に生やした髭をさわりながら父は考え事をしていた。そんなクセもあったなと記憶が呼び起こされる。


 懐かしさを覚えるのと同時に、別の世界に来てしまったように思ってしまう。ふわふわと地に足の付かない感覚が常にあり、落ち着かない。


「お兄様。おはようございます」


 死ぬ直前にも聞いた声がしたので手前の席を見る。ナターシャが座っていた。


 水色のドレスを着ており長い金髪を一本に束ねていて、光りで輝く粉をまぶしているようだ。耳には大粒のサファイヤの入ったイヤリングがぶら下がり、胸元には金のネックレスがある。最愛の義妹は今日も美しく着飾っていた。


「おはよう」


 いつも通りに振る舞えているだろうか。


 脳裏には毒殺された際に見たナターシャの顔が浮かんでいる。あのとき悲しそうにしていたのは何故だと聞きたいが、過去に戻ってきたのであれば質問するだけ無駄だ。頭がおかしくなったと思われるだけなので、黙っておくしかないだろう。


 ゆっくりと歩いてナターシャの前に座る。ここが俺の定位置だ。


「お食事を運びます」


 メイドたちが料理の乗ったカートを押しながら入ってきた。俺と父にはステーキを中心にパンやサラダが置かれる。二人前だ。毎日、訓練などで体を動かしているから、このぐらいの量がないと足りないのである。


 一方のナターシャは小さな肉と山盛りのサラダが配膳された。貴族の令嬢らしく、あまり体を動かさない生活をしているので、俺たちとは別のメニューなのである。


 我が領土には強力な魔物が多数生息している魔の森があるため、本当はナターシャも体を鍛えて戦えるようにしておいた方がいいのだが、父の戦友が残した「娘は安全に過ごして欲しい」という遺言もあって、現在のような生活が続いている。


「今日は食事をしながら話をしよう」


 本当に過去に戻ってきたのであれば食事中に婚約の話をするはず。心構えだけでもしておかなければ。


 父の様子をうかがいながらナイフでステーキを切り、フォークを使って口に入れる。


 最初の一口を噛みしめると、まろやかな肉の旨味が口いっぱいに広がる。しっかりと脂がのっていて柔らかく、塩と胡椒でしっかりと味付けされていた。数回噛むと溶けてしまう。これなら何枚でも食べられそうだ。


 目の前に座るナターシャは、ドレッシングをかけてから葉野菜を静かに食べていた。


「先日、我が家に来たストーク・ドルク男爵から、ナターシャの婚約者になりたいと打診があった」


 記憶に残っている言葉と全くと同じだ。父は婚約の話を切り出した。


 原理はまったくわからないが、どうやら過去に戻ってきたのは間違いなさそうである。


「知っての通り、この話が流れてしまえば次はないかもしれん」


 我が家は王国の最南端にあり、さらに危険地帯でもある。他の貴族たちは田舎だと馬鹿にしていて誰も婚約者になってくれなかった。そこで父はナターシャのために様々な伝手を使って、ストークを呼び寄せたのだ。


 既に顔合わせは終わっており、お互いにその気があれば婚約は成立する状況だった。


「お前達はどう思う?」


 聞き分けの良い息子として二人の意思を尊重させてしまえば、俺が死ぬだけじゃなく領民達も不幸になる。それだけでも許せないのに、可愛いナターシャを面倒な女と言った男に任せるつもりはない。


 この話、兄として絶対に成立させてはいけないのだ。


 手に持っていたナイフとフォークを置くと、父の目を見た。


「俺は反対です」


 今まで反抗したことがなかったこともあって、父は口を半開きにして驚いている。


「理由を聞いても良いか?」

「ドルク男爵は女性受けする顔をしていますが、言ってみればそれだけです。家格はあわないですし、海運事業の投資に失敗して破産する寸前との噂も聞いています。結婚をすればナターシャは苦労することでしょう。義妹の幸せを願う兄として、反対するのは当然でないでしょうか?」


 借金の話については婚約が成立してから気づいた事実だ。現時点では俺しか知らない情報である。


 金に困っていたからこそナターシャを誘惑して隠し鉱山を手に入れようとしていたのだから、愛ある結婚だと喜んでいた父や俺は愚か者だった、という訳だ。


「借金の話は本当なのか?」

「噂話なので嘘かもしれません。ですが、婚約の話を進める上で事実確認はするべきだと思います」


 髭を触りながら父が考え込んでしまった。


 結婚とは家同士のつながりになる。借金を隠しているようであれば、本人だけでなくドルク家全体が信用できないとなり、婚約を断る正当な理由になる。


「お父様」


 見た目と同じように可愛らしい美しい声を出しながら、ナターシャが話し始めた。


 まさか「借金があってもイケメンならOKです!」なんて言うつもりか?


 もしそんなバカなことを言うようであれば強硬手段に出るしかない。軟禁してでも止めよう。酷い兄として恨まれるかもしれないが、俺の所に残ってくれるのであれば問題はない。時間をかければ誤解は解けるだろうからな。


「私からも調査をお願い致します。嘘をついている方とは結婚したくありませんので」


 まさかナターシャから、そのような言葉が出るとは思わなかった。


 よく言えば天真爛漫、悪く言えば何も考えていない彼女の発言とは思えない。珍しく俺が強く反対したので空気を読んだのだろうか。


 真実は分からない。だからこそ探りを入れて確認するべきだろう。

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