佐藤、生徒会に行く
生徒会室なんていかにも場違いな気がして気圧されていたが、佐藤は全く動じることなくまっすぐノックをし、扉を開けて一礼した。
「部活動の新規申請をしたくて伺いました」
その佐藤にコバンザメな俺。いささか情けないが、佐藤に任せておけばまぁ俺の中学生活はまず間違いないだろう!
「あれ、キョウじゃないか」
突如知った声が聞こえて顔を上げると、
「那瑠!?」幼なじみがいた。「な、なんで……」
「俺、生徒会執行部の補佐をすることになったんだ」
「補佐? まだ一年生なのに?」
すると生徒会役員が口を挟んでくる。
「加々美君の優秀さは入学前から聞いている。いずれ生徒会役員を任せる前提で、現在は補佐をして仕事を覚えてもらっているんだ」
「だって……水泳部は?」
「生徒会とだったら兼任できるんだ」
さよけ。ここまでテンプレな優等生ルートだと、嫉妬も沸かずただただ関心するわ。全く、天は一人に対して何物も与えるんだからよ。
「申請する部はどういったものですか?」
なんか妙に偉そうなやつが聞いてくる。こいつか生徒会かもしれない。
「着物部です」
「着物部!?」
そこにいた全員が声を上げて驚いた。那瑠も目を丸くする。
「キョウ、着物に興味あったのか?」
「こないだの日曜日から」
「着物って成人式で着るやつだろ。まだ何年も先じゃないか」
「そんなことはない」これには佐藤が割って入る。「綿や紬の着物は普段着だ。だからこそ百年前までは全員がこれで日常生活をしていたのだ」
「へぇ、そういやそうだな」
「そういったことを含めて、着付けの練習や着物でのマナー講座を日常的な活動、文化祭では着付け体験を披露できればと考えています」
「なるほど」生徒会の面々は顔を見合わせてうなずく。「部長は君?」
「いえ、彼です」
俺に手のひらをむけるようにして身を退く佐藤。そうでした、俺って部長でした。
「キョウが部長なのか!?」
「俺も今朝知った」
那瑠の大きな歓声には、正直なところ鼻が高かった。
「キョウがそんなことに興味を持ってるなんて知らなかった」俺自身知らなかったからな。「新しく設立か……かっこいいな。兼部ができたら俺も協力できるのにな」
那瑠は素直に関心し、それ以上は追求してこなかった。
やった! 勝った! 俺はみんなの憧れの那瑠とは別の路線を走ることに成功したのだ!
だがこのまますんなりと申請が通るとは思っていない。生徒会といえば部活動の敵、権力と財力を生かし我が部活にちょっかい出してくるというやっかいな存在だ。さぁ、設立の許可を巡って生徒会との対立だ!
と、ワクワクしていたのだが、
「いいんじゃないか」
とあっさり言われて、
「え!?」
俺の声が漏れてしまった。
「……許可しない方が良いのか?」
「い、いえいえ!」
慌てて首を横に降る。
「正式には教員の許可が降りてからになるが、日本文化として立派な活動内容だし、表向きの印象もいいだろう。特に問題はないはずだ」
「ありがとうございます」
佐藤が頭を下げる。
「ただし」
来た! なにか条件をつけられるんだ! ……と、いかん、ついピンチを喜んでしまう。
「現在、専用に使えるような空き教室がないんだ」
「場所がない……となるとどうなりますか」
「家庭科準備室なら茶道部二名しか使っていないから、合同で使ってくれ」
かくして、俺達は再び家庭科準備室へと戻るのであった。
扉を開いた瞬間に、
「おかえり」生野部長が言った。「な? 言っただろ、『お前はここに戻ってくる』と」
ここまでが、長い一日の半分である。
「思ったよりすんなり承認されて良かったな」
校門から出てすぐの下り坂で、佐藤に言った。
こちらとしては、もうひと悶着あってくれたほうがストーリー性があったのだが、まぁそれは他で得ることにしよう。なにせこちらには魔法が使える佐藤がいるのだ! 間違いなく物語は動き始めている。
俺は物語の主人公ではないかもしれない。だが、その相棒という存在は必ず必要なはずだ。
「なぁ、もいっかい魔法見せてくれよ!」
気持ちがはやる。物語の主人公にふさわしい証拠を、また確かめておきたい。でなければ安心できない。
だが、
「駄目だ」
佐藤はけんもほろろ。
「えー、いいじゃんちょっとくらい」
「見物するお前の立場だど『ちょっとくらい』などと思うだろうが、当事者は僕だ。誰かに見られたらやっかいだし魔法石にも余裕がない」
「魔法石ってそんなに出し渋るものかよ?」
「いつ悪魔に僕の正体が最高位神官ゼランの生まれ変わりだとバレて襲われるか分からない。それまでにできるだけ蓄えておきたい」
「悪魔ってそんな強いの?」
「アスタロト本人が降臨したら小指を動かすより先に僕の命はないだろう」
「ひえぇ……」でもかっこいい! 「じゃあ、その準備のためにまた川原に行くか?」
「そのつもりだ」
「お、俺も一緒に行く!」
「来てくれれば助かるが、篠原は魔法を使わないんだろう? 骨折り損ではないか?」
「えっと……」骨折り損とまでは思わないが「俺も魔法使えるようになるかな!?」
これこれ、これが出来れは俺の人生の開け方は間違いないのだが。
だが佐藤は首を傾げる。
「何を言っている。使い方を思い出せばいいだけじゃないか」
「それは……」
無理なんです、最初から知らないから。
「篠原の世界では誰が魔法を使えたんだ?」
「え、えっと……エルフと、僧侶と……」
「生まれつきか?」
「そ、そうだね。あと修行とか」
「へぇ……修行すれば使えるようになるのか」
「ま、間違ってる?」
「間違ってるというわけでは……僕の世界では付与だったがな」
「ふよ?」
「僕の世界では天帝がからの加護により魔法が使えた。洗礼による付与と、徹底した節制で強度が上がる」
「やっぱ地球人じゃ無理か……」
がっかり。仕方ないけど。やはり俺では物語の主人公には役者不足か。
「あるいは」佐藤は付け加えた。「純水な地球人でも生まれつき才能があるやつはいるかもしれんな」
それは事前にわかるものなのか? 俺がその地球人になれる可能性はないのだろうか?
その言葉を追求しようとしたその時、ちょうど俺と佐藤の分岐点に差し掛かった。すると、
「お兄さん」
声をかけられて振り向くと、案の定妹の茉莉花がいた。
「うぉ。お前も今帰り?」しかも様子が変だ。「もしかして怒ってる……?」
「ちょっとお話があります」
「な、なんだ? 俺、なにかした?」
妹とはいえど、怒っている女性が目の前にいると震え上がる。
とはいえ、昨日風呂掃除をしなかった、今朝茶碗を洗わなかった、もう長いこと自室の掃除をしていない、洗濯は任せっぱなしと思い当たることは結構多い。
「妹さんなのか?」
佐藤が身を乗り出してきた。
「初めまして、妹の茉莉花です。兄がいつもお世話になっております」
「やぁ、顔が似ているな!」
「同じ親から産まれてるんだからそりゃそうだろ」
子供の頃からこのリアクションにはうんざりだ。佐藤は嬉しそうに茉莉花に話しかける。
「佐藤雄太です。君は何歳ですか?」
「九歳です」
「非常に利発な妹さんだ。こちらこそお兄さんと仲良くさせてもらっています」
互いに、年齢に不相応な丁寧な挨拶とお辞儀をした。
これが俺の親友・佐藤と、俺の妹・茉莉花の運命的な出会いの瞬間であった。
「お兄さん、家に帰りましょう」
だが、この時に何かに気づいた人間はこの場にいなかった。
茉莉花は俺の腕を強めにつかんで先に歩き出す。
「な、何だよ?」
「いいから」