佐藤、魔法を使う
中学生の俺たちはファーストフード店に入る金すらなく、コンビニで各々パンとペットボトルを買って、川原に戻って石の上に腰掛けて昼食とした。
その後もまた石探し。
小学生の頃は冒険とか好きで知らない地域を歩いて探検したりもしていたのでこういうアウトドア遊びも案外楽しいが、しかし石があまりにも普通の石を集めているだけなので、達成感がない。
手のひらサイズの石を二十個ほど集めた頃にやっと佐藤が、
「そろそろ終わるか。日が傾いてきた」
と言った。二人で集めた石をエコバックに詰めていく。
「この石、持って返ってどうすんの? 飾るの?」
「毎日五、六個は必ず持ち歩いている。僕は悪魔に命を狙われているからな」
「悪魔に命を! いいねぇ!」
「いいわけあるか。私は天帝に魂を救っていただいた、ということは悪魔から見れば私は約束を保護にしているのだ。なんとしてでも次は手に入れようとするはずだ」
「その契約って、生まれ変わっても責任があるの?」
「ない。ただの八つ当たりだ」
「えーっ!? なんかつまんない理由だな」
「僕だってそう思うが、悪魔からすると財産を横取りされて赤っ恥をかかされたんだ。恨みは深いだろうな」
「ふーん、魂って財産なんだ」
「よかったら、用心のためにこれ」そう言われて、集めた中から大きい順に五個の石を手渡される。「篠原もいくつか持っていてくれ。今日の礼も兼ねて大きいものをやろう」
こんなんもらっても、ただの石……。
「でも、この魔法石を使えば追い払えるってことなんだぁ」
「簡単に言うな。錬成された魔法石がないこの世界では、魔法勝負は分が悪い。下等悪魔程度なら追っ払えるだろうが、中級が来たらもうお手上げだ」
「じゃあ意味ないのかよ?」
「せめてできるだけの石は集めて、出し惜しみをしないで済むように準備しておきたいんだ。僕らの国ではないがこんな言葉があるだろう、『天は自ら助くる者を助く』」
「ふーん、そんなにやっかいなの。……まぁ、そりゃそうか」
「どういう意味だ?」
「使う機会なんか、あっても困るもんね」
そんな物理的な設定を出したらボロが出る。魔法石はあるが、悪魔が来なかったという言い訳が客観的にしっくりくる。
「それはまぁそうだが……」佐藤は顎に手を当ててしばし考え出した。「そう言われると、たまには使ったほうがいいような気もしてきたな」
「あん?」
「僕は昔から出来ないといわれると、やってみせたくなる性分なんだ。悪癖はなかなか直せないな」そう言いながら手持ちの石から手のひらサイズの物を選ぶと「せっかく河原にいるのだし、水魔法でもやっておくか」
と、石を手の中央に乗せたままスッと前に差し出した。
「お、おい佐藤……やめたほうが……」
「やりたくなった。やめない」
うーわ、ここまで追い込んじゃったよ。どうやって引っ込みつける気だ?
何とフォローしていいか分からずとりあえず見守っていると、
「天帝の尊き愛と庇護を望む 我に清き水を生かし給え」
スラスラとした言葉が流れるように発せられた。
すると、不思議なことが起こった。
ザァッ……
と川の流れがせき止められたかと思うと、元々浅い川ではあったがモーゼの十戒のごとく人がひとり通れるくらいの道が川を横断するように現れた。
「……えっ!?」
今だったら歩いて濡れずに対岸まで行ける。川底の苔まで見えている。目の間で起きていることに理解が全く追いつかなかった。
だがそれも五秒ほどで、
「ふぅ」
佐藤がため息をついた途端、
ジャバッ
と音を立てて水の壁は崩れ、あっという間に元の流水に戻った。
一方、佐藤の手のひらでは石がバキバキと音を立てて割れ、砕けた。石だったものは砂と化し、佐藤はその場でパンパンと手を払う。
「……えっ?」今見たものが脳内で整理できない。「今の、何……!?」
「? 水魔法を使うと言っただろうが」
「まっまっ魔法使えるのか!?」
「ん? ずっと使えると言ってただろうが」
「なんで魔法なんか使えるんだ……!?」
「んん?前世は神官だったと言っただろうが」
「ぜっぜっ前世があるの!?」
「お前と同じくな」
「せっせっ設定じゃなく!?」
「篠原? さっきからどうした?」
こいつ……本物!!
あこがれの異世界転生の逆パターン! こっちからあっちに行くのがあるなら、その逆もそりゃあるか! ……あるか!?
俺と同じくイタいやつだと思っていたが、こいつだけは本当のことを話していたのだ……!!
しかも、この重大性に気づいているのはなんと俺ひとりだけ……!!
「さっさっ佐藤!!」
「なんだ?」
特別な力を持つ佐藤と一緒にいれば間違いなく『特別な青春』が手に入る。おこぼれだってかまうものか。 こいつが俺の人生の転機となる鍵だ!
『普通』なんてつまらない、みんながうらやましがる人生になれる!!
そのためには絶対に佐藤を手放してはならない!!
「おっおっ俺も……!」
「さっきから呼吸大丈夫か?」
「俺も着物が着てみたい!!」自分でも思っていなかった言葉が口をついた。「俺と一緒に着物部を作らないか!?」
「着物……部……!?」
佐藤は目を見開いた。当然だ、言っている俺自身もびっくりしている。着物なんか興味ないくせに、何を言っているんだろう。
だが、佐藤と一緒に何かしらの行動をすれば、つまらない俺の人生が一気にジェットコースターのレールに乗ると、このときは信じていた。
「ふぅむ……全く考えていなかったが、ないものを作るというのは新しい発想は素晴らしいな。既存の中に自分を埋めようとする、僕の悪い体質だな」佐藤は腕組みをして考えた後、言った。「よし。とりあえず、部の設立に向けて調べてみるか」