佐藤、私服で来る
俺はなんといってもファッションにはこだわりがある。
黒シャツに黒いズボン、シルバーの飾りのついたカフスにシルバーネックレス。三百円均一で一番高そうに見えるものを買った。合皮の編み上げブーツは中古ショップで。ヤバ、ミステリアスでカッコイイ……! 髪型がなれてないのでうまく固められなかったが、それなりにキマっているだろう。
こころなしか、待ち合わせている俺の方をチラリチラリと見ていく人もいる。ふふふ、注目を集めるのはやはり悪くない気分だ。
だがその高揚は佐藤の登場で打ち砕かれた。
「やぁ、篠原」
「さと……う!? な、なんだその格好!?」
なんと、佐藤は着物を着ていた。深い紫の着物に水色の細い帯、上着(羽織?)も着ている。
「? 着物を着ていると言っておいただろう」
「だ、だけど、結婚式でもないのに着てくるなんて……!」
「着物は単なるファッションだ。結婚式に着るような正装ではなくて、今日着ている紬は普段着るのだ」
言われて見ると着物の表面が毛羽立っていてテカリのない生地だ。
「確かに……ドラマの結婚式で見るやつとはちょっと違うかな……ズボンじゃないし」
「あれは紋付き袴。こうして普段はシンプルに着るのだ」
「笑点っぽい」
「あれは噺家」
「それ、自分で着たのか?」
「もちろんだ」
「その格好で川原に行くのか?」
「百年前は皆着物で仕事や家事をしていたのだぞ」
佐藤はこれといって介さない様子で、スタスタと歩き出した。その足元は草履である。
……やられた! 俺は完全に敗北した気分だった。
こうして歩いているだけでも、すれ違う人のの殆どが目を留めるし、場合によっては振り返る。その見つめる様子には尊敬の眼差しがあった。
「わぁ! 着物だ」
「若いのに素敵ねー!」
と声を漏らす人までいる。目立っていて、かつ一目置かれているのだ。さっきまでの俺のような悪目立ちとは格が違う。
そうか……この手があったのか! かっこいいファッションというのはメタルアクセサリーと革製品ありきだと思いこんでいた……まさか民族衣装だったとは!
しかも周囲の注目をよそに、すたすたと歩く佐藤がまたかっこいい。
「ま、待ってくれよ」
オタオタと後ろをくっついてる俺、かっこ悪い……。
しかし、着物で着飾っていたとしても行き先は予定通り川原である。
「んで、なんだっけ?」
「魔法石を探すのだ」
「それって、どうやって見分けるんだ?」
「触って、魔力が流れれば魔法石だ」
「えっ!? 右目が疼くとかじゃなくて?」
「あん? 目なんか疼かないが」
「……」
まぁいいけど。こうやって自然のもので遊ぶのも久しぶりだし。
俺は適当に拾っては佐藤に見せて、そのたびに
「これは違う」「これはそうだ」
と佐藤の判断に任せた。佐藤のお眼鏡にかなう石は色々で、ゴツゴツしたものもあればつるつるしたものもあるし、黒っぽいものもあれば白っぽいものもあって法則がない。どうせ適当にジャッジしてるんだろう。遊びだから別に構わないが。
ただ、あえて言うなら小さいものよりも大きいものを好んだ。
「これは魔法石だが小さすぎる。不要だ」
そう言われたものはその場でリリース。
「なんで大きいほうがいいの?」
「それは、ここで拾ったものは錬成していないからだ」
「錬成ねぇ」
「バケツを必要としているときにおちょこを持ってこられても困るだろう」
「そんなもんかね」
「錬成していないと魔法石は一度の魔力でも破損してしまう。結局使い捨てるのならばより多く魔法を込められる大きいほうがいいだろう」
「じゃ、錬成すれば?」
「簡単に言うな。エルフのような特殊な気力と魔法陣がなければそうそうできることではない」
「おっエルフ! 佐藤のとこもやっぱりエルフがいたんだ!」
「まぁいたな。人間を見下した連中だから僕はあまり好いてはいなかったがな。魔法だけは一流だ」
「エルフって言ったら魔法だよなー」
「篠原は親しくしているエルフがいたのか」
「いたよ、パーティーメンバーだよ」
「一緒に旅をしていたと?」
「そう。エルフと、人間と、獣人」
「ほう。随分と人種が混ざっているな。大変だったろうに」
「大変?」
「揉め事を収めたりとかな」
「事件はあったけど、メンバー同士の揉め事はないよ」
「そんなことが?」
「全員俺に惚れてたから、俺の言葉に従ってたしな」
すると佐藤があからさまに嫌悪の表情をした。
「なんだ……その地獄みたいなパーティーは……!?」
「地獄? いや普通だろ」
「そんなメンツだと女同士で殺し合いが起きるだろ」
「そんなの、なかった!」
「しかし、お前が見てないところではどれほどのいかさいがあったか知れんぞ」
「みんな仲良しだよ!」
「裏ではどうなっていたことか」
「裏なんてない!」
「秘密のない人間など一人もいない」
「佐藤こそ、前世の仲間にエルフはいなかったのか?」
「仲間? そんなものはいない」
「一緒に旅したりとか、試練に立ち向かったりとかするような」
「旅はしたこがあったが、目的が変わればその都度に顔ぶれも変わったぞ」
固定の仲間というものが必須だと思ってたけが、どうやら佐藤は『信頼できる仲間』ではなく、一匹狼スタイルの設定らしい。確かにそれもかっこいいんだけどさ!
「永遠のライバルとかは?」
「聞いたこともない」
「恋人は?」
「……」
ここで言いよどんだのでびっくりした。
「いたのかよ!?」
「……前世で好いた女が日本人でな。その人への思念のおかげで日本に転生できたのだ」
「はぁ」
よくわからん。
「篠原は?」
「え?」
「どうして日本へ?」
「や、えっと、気がついたらこの国に転生してた、みたいな」
「日本人であることに理由はないのか?」
「……うん」
「そうなのか。それでも日本人に転生できるんだな」
そこは設定しなければいけないことなのか? 転生するのが日本人なのも、交通事故を起こすのがいつもトラックなのも、転生先が必ずファンタジー世界なのもテンプレで、わざわざ考えることではないと思ってた。