佐藤、見学する
茶道部の部室は、家庭科室の横にある家庭科準備室という小さい割当てだった。この時点で人数が少ないことは予測できた。
佐藤のノックの後に、
「どぉぞぉ」
というのん気な返答があり、扉を開けると二人の女性が談笑を中座してこちらを見てきた。片方は三年生、もう片方は二年生のカラーの上履きを履いているので先輩だとわかる。
「おや、男子だぞ」
三年生の方がメガネを光らせながら歓声をあげ、俺たちを歓迎するように立ち上がり両手を広げた。
立ち上がったとき、いささかぎょっとした。男の俺たちよりもずっと背が高い。百七十センチは超えているように思う。ほんとに中学生かよ。
「茶道部の活動を見学をしたいのですが」
そんなことには動じない佐藤。
「うん、ここが茶道部さ。ようこそ! ボクは三年で部長の生野だ」
やはりこの人が。
キラキラなネームだから親が激しめなタイプで本人もヤンチャかと思いきや、印象は身長以外は特に派手さはない。ボクっ娘なことだけがキャラ立ちか。
一緒に座っている女子も軽く会釈をしてくる。
「私は自動的に副部長をやっている、二年の安浦です」
こちらは顔立ち自体は日本人離れしたはっきりした豪華な作りだが、興味がないのかそっけない。
「あの、部員は二人だけですか?」
これは佐藤の横から顔を出して俺が聞いた。
「そうだよ。去年ごっそり三年生が卒業しちゃったからね」
とういうことは! ということは!!
「五人集まらなかったら廃部の危機ですか!?」
俺は身を乗り出したが、
「はん?」生野部長は首をかしげる。「この少子化のご時世にそんな無茶なこと言われないよ」
「別に人数は少なくてもいいと……?」
「『ロココのお茶会』なんか一人だしね」
そんな部活まであるのか、この学校は。……ロココって何だろ?
「あれ?」横から口を挟んできたのは安浦先輩の方。「あそこは二人じゃなかったですか?」
「いや、今のロココは一人だ」
なんだ、つまらない……アニメで定番の部員集めに奔走する展開かと思ったのに。
「一年一組の佐藤雄太です。入部希望なのですが、まずは活動内容を聞かせてください」
佐藤は何の感情ももたないのか? 俺は今の所驚きしかないが。
「そちらは?」
「あ、お、俺は」緊張して声が裏返ってしまった。「まだ入部するかは決めてなくて」
「名前は?」
「い、い、一年一組、篠原杏一です」
「とりあえず一緒に見学すればいいいさ」
生野部長に椅子を進められて、先輩に向かい合うように座る。ここからは佐藤が会話のメインとなった。
「部活一覧表にも書いてあると思うけど、一番のメインは文化祭の野点だ」
「茶道には明るくなくて申し訳ありません、のだてってなんですか?」
「なんの、中学生で野点を体験している方が珍しい。野点とは屋外でお茶や抹茶を点てて楽しむ、アウトドア版お茶会だ。日常の部活動はそれまでにお茶の点て方と作法の習得だ」
「なるほど、それは文化祭では目玉になりますね」
「むしろ野点も知らないのに、なぜこの茶道部へ?」
「実は僕は着物が趣味でして」
「ほぉ! 着物!」
「茶道部なら着物を着る機会に恵まれるのではと思い選びました。とはいえ、せっかくですから茶道も勉強しておきたいと思っています」
「じゃあ女性用の着付けもできる!?」
身を乗り出してきたのは安浦先輩。
「できます」
「それは素敵! 本当は私達も着物を着てお茶を点てたいのだけど、着付けができなくて諦めていたの」
「体に触っていいのであれば、僕が着付けしますけど」
「えっ!?」
これに仰天したのは俺。女子の体に触るとか何言っちゃってんの!? 正気かよ!?
だが、先輩方は
「やったね! 着付けで触れるくらい全然平気! これで着物での所作の勉強もできますね、部長!」
「着付け料も頼むと高いですからな。部費の節約になるな」
めちゃめちゃ喜んでいる。
なるほど! 女子の体に触るのにこんな合法があったとは! くそぅ佐藤め、同じ中二病患者だと思っていたのにとんだムッツリ出し抜き野郎だ。
「懇意にしてい着物ショップがあります。高価なものは無理ですが安価な着物なら融通してくれるよう交渉もしますよ」
「何から何まで助かるなぁ! 佐藤くん、是非入ってくれたまえ! 大歓迎だ!」
「はい。入部届けは週明けに配布されるから、書いてお届けします」
さらっと言ってのける。
「お、おい佐藤……もう決定か?」
俺はいささか焦って佐藤をつつくが、佐藤は首を傾げる。
「僕は最初からそうだと言っている」
「他の部活は見学しないのか?」
「僕には必要ない。篠原は自由に見てきたらいい」
「……」
今頃に一人で他の部活をのこのこ見学に行けと? 行けるか。