佐藤、告げる
前世の記憶? 何言ってるんだ、やべぇなコイツ。
「だが、僕の前世は傲慢にまみれていたので、自分でも恥じている」
「恥じている?」
ここまでで喋ってる内容が全く理解することができていないままに、佐藤は勝手に話し続ける。
「それもあって子供の頃から他人には自主的に喋らないようにしていたのだが、堂々と告白した君を見て考えが変わった。清々しいなと思ったよ」
つまりあれか? 俺の話に乗ってくれているのか?
「もしかして俺の前世のパーティメンバーか!?」
正直なところ女の子がよかったが、男に転生していたという設定も悪くない。よく考えたら女子とは緊張して話なんかできないし。
「いや、残念ながら君の知り合いではない」
「あぁーん?」
もう何が言いたいかわからない。
「名は何という?」
「篠原杏一っつったろ」
「そうではなくて、前世での名前だ」
「おっ! よく聞いてくれたな!」
これこれ! こういう突っ込んだ質問を待っていた! 俺はその場に立ち上がり、自分の胸を叩いてみせた。
「俺の名はジェイド・クリムゾン・ドラグーン、人呼んで『安楽死のジェイド』だ!」
かっ……かっこいいー! 我ながらこの単語のチョイスに震える。こうして宣言するのが夢だったのだ。
だが、佐藤は、
「ユーサネイジア……? 聞いたことがないな」顎に手を当てて真剣に考えている様子をとる。「『人呼んで』というのは、誰のことだ?」
「え!? こ、国民とか……」
「国はどこだ?」
「国? えぇっと……」大丈夫、これは設定してある。「オニキス国だ」
「オニキス……? それも聞いたことがない。どうやら我々は違う世界のようだな」
「そらそうだ」
「え?」
「いや、国もたくさんあるしな」入り込んでる時に、野暮なことは言わない。「お前は?」
「僕のかつての名はゼラン・デ・ヴェ・トラウン」
「おっ! いいね、いいね! その長い名前!」
「公爵でありヤルスト国筆頭神官だった。聞き覚えはないか?」
「あるわけがない」
「ふぅむ……まぁ平行世界はたくさんあるからな。同じ方が珍しいか」
平行世界じゃなくて、異世界なんだが。
「お前も結構凝ってるな」
「『凝ってる』?」
「あ、いや」いささか無粋だった。「結構思い出しているな」
「僕の場合は最初からそういう記憶を持って生まれてきたのだ」
「あーなるほどね。そういうパティーンね」
「パティーン?」
「えっと、俺は、途中で思い出したから」
「それは、ある日突然に思い出したのか?」
「えーっと、小学生のときに交通事故にあって、そのときに」
「えぇっ!? 交通事故!? 大変じゃないか!! 後遺症は!?」
「いや、本当は事故にはあってなくて……じゃなくて! えっと、軽症だったから」
「そうなのか」
ヤバい、なんか面白くてテンション上がってきた。俺の話をこうしてじっくり聞いてくれる他人なんて、今まで一人もいなかった。
「な、なぁ佐藤、明日もお互いの前世の話しないか?」
「是非とも。僕らの国にこんな言葉がある、『袖すり合うも他生の縁』。こうして前世を持つもの同士で席が前後になったのも縁を感じる」
ホッとした。これで取り急ぎ友達一人は確保できたと言えよう。
明日からの部活見学も二人なら浮くこともないだろう。アニ研でもパソ研でもどんとこい。あいつだって多少なりとギークだろうし、まさか野球部やサッカー部を選んだりはしないだろ。
狭いアパートへ帰宅すると開口一番に、
「お兄さん、明日は燃えるゴミの日だからゴミ箱を集めてちょうだい」
妹の茉莉花からの指示がとんできてうんざりした。
悔しいのは、いつだって茉莉花の指示が正しい件だ。面倒くさいが反論ができない。茉莉花はまだ九歳だが、物心ついたときからすでに利発で俺は苦手意識があった。
それだけではなく、母の愛情を一身に受けているのも俺をうんざりさせる要因だった。
母は、女の子が産まれたら生まれたらその季節の花の名前を付けるのが少女の頃からの夢だったそうだ。俺を妊娠した時に、四月の出産予定にあわせて『杏子』と付ける気満々だった。
だが、妊娠中に男と判明してからすっかり意欲を失い、男の名前を考えるのも面倒になり、漢字を間引いて杏一にしたと聞いている。
それを知った時、ショックとか絶望というよりも、引いた。まさか産声を上げるよりも先にすでに存在を見限られていたとは。
俺はもっと特別でありたい。他人から羨望されたい。そのためには何か珍しい付加価値を付けなければ。
たどり着いたのが、前世設定だった。
しかしまさか、同じようなことを考えていたやつが前の席にいたとは。
「お兄さん、私は夕食を準備するから、先にお風呂に入ってきて」
「へいへい」
ゴミを集めた後は指示に合わせて風呂の準備をする。俺にとってはこいつこそが母親のような口うるささだ。
「ごめんね」
「ゴミ捨てはいつもやってるだろ」
「そうじゃなくて……今日は入学式だったんでしょう」
「あぁ……」
「お母さん、私のガールスカウトの新年度あいさつ会に出席しちゃったから……いつもお母さんを取ってしまって、ごめん」
「母さんがお前の方行くって決めたんだろ。お前が謝ることじゃない」
うんざりはしているが、原因が母にあることはわかっている。
ただやはり、露骨に愛されているのは本当は羨ましい。
先の事情により、妹が生まれたときの母の喜び方は露骨で、毎日動画を取り、着せ替え人形のごとき大量のベビー服、部屋は一瞬で女の子アイテムに模様替え。
名付けも、本当は同漢字で『ジャスミン』という読み仮名にしたかったらしいが、周囲からから至極常識的な反対意見をもらい、『まりか』で落ち着いた。
すくすくと育つ茉莉花が幼稚園に入園してからはさらに加速。パステルカラーのワンピースにレースのついたソックス、毎朝髪を結い上げ、週に二回のバレエ教室に、日曜日は二人でお菓子作り。まさに『理想のやりたい放題』であった。
ちなみにその間、俺はジュニア向けスイミングクラブに通わせてもらったが、母が見学に来たことは一度もなかった。
茉莉花本人はというと、ちやほやされてさぞ尊大不遜な少女になるかと思いきや、小学校に上がる時に反旗を翻した。
「お母さんが愛してくれることは感謝するけれど、私は一人の人間であってお母さんの所有物でもなければ人生やり直し機でもない。ある程度の距離を持って接してくれなければ、今後は私の方から距離を取ります」
実に理論的な主張に言葉を失う母に対し、さらに追い打ちをかけた。
「私は学生になりました。バレエのようなダンススポーツも悪くないですが、もっと実践的に人の役に立つことを学びたい」
そう言うとバレエ教室をあっさりやめ、同時にガールスカウトへの入会を決めた。
当初、理想を崩された母は荒れたが、茉莉花のボランティアをやりたいという理由は非常に理想的だったため、結局は納得する方向にシフト変更してった。
現在も完全に納得はしていないだろうが、これはこれで理想の子供だと思い直し応援している。
母に対して白けたところのある妹だったが、俺に対してもきっちり白けていて、なんとなく距離を感じていた。まったく、女の子というのは肉親であっても何を考えているのか全くわからない。