佐藤、出会う
今でこそ平凡な十三歳に甘んじているが、前世では世界を救う剣士だった。
魔王討伐のために四人でパーティを組み長いこと旅をしていた。俺以外の三人はすべて女性。
エルフのルベリウスは魔法攻撃では圧倒的で、かつ美しいスラリとした容姿が訪れる街々で人の目を引きつけるので、連れていて鼻が高い。
僧侶のラリマールはまだ十歳だが、回復魔法に長けている。俺のことを兄のように慕っている。
トレジャーハンターをやっていたフローライトはなんと獣人で、身体能力では敵なしだ。可愛らしい猫耳に対し豊満なボディが動くたびに揺れる。
俺という存在のために女性陣の仲は決して良好にはならなかったが、その一方で互いに実力を認め合い、長年に培った絆はそれは深いものだった。戦闘時のチームワークは誰一人欠かせないものだ。
だが魔王との対決に辛くも破れ命を落とし、この現代日本へと転生して今に至る。
おそらく他の四人も転生しているに違いない。平凡を装っている俺の秘められたる力は、メンバーが揃った時にこそ発揮されるであろう。
……魔王との対決って、古いかな。他の剣士との称号をめぐる決闘の方がかっこいいかもしれない。それか、俺の能力を妬んでの暗殺。
ここの設定は練り直す必要がありそうだ。
前世の記憶があるという呈で生活している以上、設定からボロが出るのは非常に格好が悪い。誰もが、自分すらも納得するプロフィールを作り上げなければ。
しかも今日はここ一番、しくじれない日だ。
入学初日の緊張を、妄想で覆い隠しながら教室に入ると、席は左から二列目、前から二番目だった。……中途半端に嫌な席だな。まぁ最前列よりはマシか。
本音を言えば窓際の一番うしろ、いわゆる『主人公席』に座りたかったが出席番号順では仕方がない。気を取り直して自己紹介で勝負をかけるとしよう。
入学式をへて、典型的なクラス全員の自己紹介となった。
五十音順で一つ前の席の男子が見事に当たり障りのない平凡な自己紹介をしてから、満を持してその場に立ち上がり宣言するように喋った。
「篠原杏一です。今はこうして普通に暮らしていますが、前世では剣士でした。かつての仲間を探しています。心当たりのある人は是非とも声をかけてください!」
笑われてもいい。中一ですでに中二病だと失笑されるのも想定内だ。
オタクだと思われてもそれならそれでいい、オタクの友達ができるだろう。
最悪ドン引きだが、それでもインパクトが残せるだろう。
子供っぽいとばかにするならしておけ、俺が真の力を発揮してからペコペコしてももう遅い。その時はサインを欲しがっても眼前で断ってみせる。真の力がどういうものかはまだ決まっていないが、可能性はいくらでもある。そのためならどんな試練だって俺は耐えることができる自信がある。
そう心の準備をしていた。
だが現実は、想像の及ばないほど現実的だった。
「……」
教室内は水を打ったような静寂になった。笑う人もいじってくる人もいなかったが、興味を持ってくれる人もいなかった。
俺の言葉は誰の心にも何も響いていない、こんな小手先のキャラ付けでクラスの一員になれるほど他人とは甘くなく、中学生は子供ではなかった。
驚愕。
一目置かれたかっただけなのに、急に恥ずかしくなって耳が熱くなった。
あぁなんてこと、なんてことだ。小学生気分のまま面白おかしく生きようとしているのは俺だけで、皆は粛々と大人になっていた。
音速ほどの死にたい後悔が襲ってきている間にも、クラスの自己紹介は淡々とこなされていった。
ただ一人を除いて。
入学式終わりの三々五々、親と帰宅する人も多い中、俺の母親は今回も俺の入学式には参加しなかったので、一人でさっさと帰るのもなんだか面白くなく、せっかく中学生になったのだから放課後に遅くまで残ってやるかと思って意味もなく教室に座りながらラノベを読んでいた。正確には全く集中できずラノベの内容は頭に入ってこなかったので、ページをめくりながら読んでいるポーズだけを取っていた。
ヤバい……自己紹介でスベってしまった……このまま浮いた状態で三年間を過ごすことになったら……いや、馴れ合いをする気はないが……とはいえ見下されたままでは……困る……恥ずかしい……。
頭の中は堂々巡りの思考回路に支配されていた。
その時、
「篠原くん、だったよな」
「え?」
顔を上げると、前の席に座っているヤツが椅子に持たれるように後ろを向いていた。
俺の一つ前の席、そう俺の直前に『見事に当たり障りのない平凡な自己紹介』をしたやつだ。
「第二小学校から来ました佐藤雄太です。得意科目は理数系ですが、中学では日本史を重点的に学びたいと考えています。よろしく」
と言っていた。
それを聞いていて俺が一番最初に思ったのは、『全国に二百人くらい同性同名がいそうだな』だった。
佐藤は続ける。
「君はすごいな。前世の記憶があることをみんなに告白して」
「……」
バカにしてるのか。
「こういったことは、普通は隠すものかと思っていたんだ」
「あ、あぁ……」
話の目的が読めない。適当に相槌を打っておく。
「実はさ」
「ん?」
「僕にも、前世の記憶があるんだ」
「あん?」