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第78話 不思議な男

 入口からこちらに歩いてくる男の姿はよく目立った。

 普段は見かけない雰囲気を醸し出す男だった。


 身長は高く、肩幅も広く、まるで岩のような頑丈さを感じさせる。

 その筋肉質な体つきは服の上からでも一目瞭然で、切り詰められた黒髪は後ろへと流している。


 端正な顔立ちには鋭い光を灯した切長の瞳と、頬に残る決して小さくない切り傷が印象的だった。

 彼が身に纏うのは黒を基調とした正装で、その厳格な雰囲気は軍服を思わせる。


 そして何よりも腰に差したスラリと長い剣が彼の存在感を一段と引き立てていた。


(軍人、さん……?)


 その風貌や服装から、アメリアはそう察した。

 しかし何よりも引っかかる点があった。


(ローガン様に、似ている?)

 

 目鼻立ちといい、身に纏うぶっきらぼうな雰囲気といい。

 どことなく、ローガンに似ているような気がした。


 そんなことを考えている間に気がつくと、男はアメリアのそばまでやってきていた。


「貴様が、例の……」

 

 アメリアを静かに見下ろしながら、男が口を開く。

 聞いたことがないはずなのに、どこか覚えのある声だと心が反応する。


「あの、えっと……」


 男が放つ独特な威圧感に、アメリアは言葉を選べないでいた。

 じっと、男は品定めをするようにアメリアを見つめた後。


「なるほど、あの腑抜けが選びそうな小娘だ」


 ふっ、と男は小さく笑って言う。

 その笑みはどこか見下すようなもので、アメリアは余計に萎縮してしまった。


「クロード様」

 

 一方のシロフィは、クロードと呼んだ男に深々と頭を下げた。


「久しいな、シルフィ。3ヶ月ぶりか?」

「いえ、半年と、10日ほどぶりかと」

「そんなにか。やはり、戦場は時の感覚を狂わせるな」

 

 男──クロードとシルフィは顔馴染みらしい。


(戦場というと、やっぱり軍人の方……? だとしたら、そんな人がどうして、この屋敷に……)

 

 ふと、アメリアはクロードの胸元で光るブローチに気づく。


(あれ、そのブローチ、ローガン様がしているのと同じ……)


「おい、娘」

 

 声をかけられ、アメリアの方がびくりと震える。


「名は、なんと言う?」

 

 反射的に、僅かに身を強張らせてしまった。

 実家での生活の影響もあってか、この手の威圧感のある声はどうも苦手だった。

 

 動揺を悟られないよう静かに深呼吸をしてから、アメリアは口を開く。


「……アメリア、です」

「聞かない名だな。結婚に興味がなさ過ぎて、身分不相応な令嬢と婚約を結んだと言うのは、どうやら本当だったらしいな」

 

 身分不相応という言葉に、ちくりとした痛みが胸に走る。

 令嬢と婚約を結んだ──その人物がローガンであることをアメリアは反射的に察した。

 

 言っていることは正論で、言い返すような胆力もないアメリアを、クロードはつまらなそうに見下ろしている。


「クロード様もご多忙でしょう。陽が沈まぬうちに、用事を済ませては?」


 肩身の狭そうな顔をしているアメリアを見遣って、シルフィが口を開く。

 その声は普段よりも少し強く、心なしか鋭い目をクロードに向けていた。


「ああ、そうだな」


 クロードがポケットに手を突っ込み、何かを取り出す。

 煤と傷でボロボロになった、一冊の本だった。


 書庫で見る小綺麗な本たちとは違う、文字通り修羅場を掻い潜ってきたような本をアメリアは思わず凝視する。


「頼む」

 

 本をシルフィに渡すクロード。

 その動作には何の躊躇いもなく、シルフィへの信頼が感じられた。


「また、派手にボロボロにしましたね」


 困ったようにため息をついて、シルフィは本にそっと指を添わせる。

 その手つきはまるで、傷ついた子供を撫でるかのよう。


「お守りだからな。今回の遠征でも、世話になった」


 そう言って、クロードは踵を返した。

 二人に背を向けたまま、すぐそばにあった本棚に歩み寄る。


 しばらく本棚を物色していたかと思うと、視線が止まる。


「次はこれにしよう」


 手にしたのは、一冊の文庫本。

 タイトルとシンプルなデザインが描かれた表紙をそっと撫でた後、クロードは本をポケットに入れた。


 それからゆっくりと、書庫を見渡して。


「ここは、平和の匂いがするな」

 

 ぽつりと深みを含んだ言葉を口にしてから、クロードは書庫を後にした。

 彼の一挙動に、アメリアは最後まで目を離さないでいた。


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― 新着の感想 ―
文庫本、で、ちょっと世界観が崩れてしまいそうになりました。
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