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第49話 たからもの

 アメリアに連れられてやってきたそのコーナーは、今までウロウロしていた売り場よりゴージャスなショーケースが鎮座していた。

 普通は掲げられている値札も見当たらない。


 アメリアが知るはずもないが、特に希少な宝石は日によって市場価格が大きく変動するため、固定の値段が書かれていない場合が多い。


 いわゆる時価というものだった。


「これです!」


 アメリアが“すごくいい”と評したのは、宝石付きのペンダントだ。

 

 赤い宝石の輝きは控えめだが、抜けるような澄み具合と独特な模様が吸い込まれてしまいそうなほど美しい。

 その宝石をぐるりと囲むプラチナ地金もきらりと光っており、落ち着きと華やかさが共存したバランスの取れた一品だった。


 ……そして偶然にも、このペンダントは店主がローガンに最後に説明したおすすめ商品であった。


「ど、どうでしょうか……?」

「とてもいいと思う。君の、美しい赤毛にぴったりだ」


 ローガンが言うと、アメリアは頬を朱に染めて自身の赤毛を弄った。

 その所作を目にした途端、ローガンの心は決まる。


 同時に、店主に教わった知識が思い浮かんだ。


「それに……石言葉も今の君に合っているかもしれない」

「石言葉?」

「調べればわかる。よし、今日はこれを購入するとしよう」

「えっ、え……ええ!?」


 ローガンの言葉に、アメリアはつい声を上げてしまう。


「いいいいけません……多分、きっと、いえ絶対にこんなお高いモノを……!!」


 動揺しすぎて妙な言葉になってしまっている。

 値札がないため正確な価格はわからないが、とてつもない値に違いないという確信がアメリアにはあった。


「それに、ただでさえ、今日はたくさんのドレスを買っていただいて、これ以上出していただくのは……」

「金のことなら気にするな。今まで何一つ、贈り物などしてこなかったからな。むしろ、買わせてくれ」


 本気なトーンで言うローガンに、嬉しさ半分申し訳なさ半分といったアメリアだったが、最終的には嬉しさが勝ってしまい……。


「うぅ……では……お言葉に甘えて……」

「それでいい。この調子でもっと、自分を主張していくといい」

「ありがとう、ございます」


 深々とお辞儀をするアメリアの頭に、ぽんっとローガンは手を乗せた。


「お決まりになりましたか?」


 そのタイミングで、店主がやってきた。


「ああ。このペンダントひとつ」

「かしこまりました。ほう……やはり、お客様はお目が高い」


 店主がにっこりと笑って、手袋をはめた手でショーケースからペンダントを慎重に取り出す。


「では、会計をしてくる」

「いってらっしゃいませ」


 ぺこぺことお辞儀するアメリアに見送られ、ローガンと店主が勘定場へ向かう。


 勘定場にて。

 店主が、ペンダントの入れ物を見繕いながら説明した。


「先ほどの説明では詳細を省きましたが、そのダイヤは“クラウン・ブラッド”と呼ばれる、ノース山脈でしか取れない“ブラッドストーン”という鉱石の中でも、ごく僅かしか取れない貴重な宝石でして、この店で見つからなければ他の店でも目にすることの出来ない、一点ものでございます」

「なるほど、それはいい買い物だ。値はいくらだ?」

「はい、こちら本日の相場で……」


 店主が提示した値を、ローガンはなんら躊躇することなく支払う。


「はい、確かに頂戴いたしました。購入証明書はご入用ですか?」

「へルンベルク家で頼む」


 ローガンが言うと、店主は一層笑みを深めた。


「かしこまりました。先日の懐中時計のお買い上げといい、いつもご贔屓いただき感謝です」

「もう随分前の事だが、覚えているのだな」

「ええ、それはもう」


 当然と言わんばかりに店主は言った。


「此度もお買い上げありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう。とてもいい時間だった」


 ローガンが言うと、店主はにこやかな笑みを浮かべた。


「やはり、この宝石はお客様のような方に買われるのが一番です」

「……ふむ? 何かあったのか?」


 察しの良いローガンが尋ねる。 

 店主は逡巡する素振りを見せたが、溜まっていたモヤモヤを吐き出すように口を開いた。

 

「……実は、先ほどクレーマーと言いますか、少々対応に困るお客様がご来店されまして……」

「ほう、聞かせてくれ」

「……では、少しだけ。このクラウン・ブラッドよりも少しランクの低いブラッドストーンのイヤリングなのですが、105万メイルの価格を50万まで下げろと声を荒げられまして」

「半値以下とは、それはいくらなんでも横暴ではないか?」

「仰る通りです。50万でお売りしようものなら原価割れを起こして大赤字ですよ。ブランドイメージも大怪我です」

「その計算もできないような客だったのだな」

「ええ、全くです。挙げ句の果てに声は荒げるわ、胸元は掴まれるわで、散々でした」

「クレーマーというより、ただの頭のおかしな無礼者では?」

「間違いないです。自分のことを田舎者だと自己紹介してらっしゃいましたが、あれではただのチンピラと変わりありません」

「聞けば聞くほど、会いたくない者だな」

「お客様が来店なさる少し前に退店されまして、危ないところでした」

「なるほど。今日は運がいいらしい」

「ああいうお客様はもうこりごりです……っと、失礼いたしました。少し愚痴を漏らしすぎましたね。お耳汚し、失礼致しました」

「気にしないでいい。そういう気分の時もあるからな」


 そんなやりとりを経て、ローガンはアメリアの元にやってきた。


「おかえりなさいませ……!! あの、本当にお高いものを、すみません……」

「俺が買いたくて買ったんだ。君は気にしなくていい」

「あ、はい、ありがとう、ございます……」


 お会計は怖くて聞けなかったが、店主のご機嫌な様子を見る限り相当な価格だったんだろうと、アメリアは予想した。


「せっかくだから教えておこう」


 不意にローガンがそう言って、先ほど店主から貰った一枚の紙を取り出した。


「こちらは?」

「購入証明書だ。ここに金額と品目、今日の日時、それと印が二つあるだろう?」

「ありますね」

「これが、この店で我が家が商品を購入したという証明になる。今後、買い物に行く際には必ずこれを発行してほしい。印は追って渡す」

「なるほど……経費周りですか?」

「それもあるし、あと、誰が買った買わないでトラブルが起こる事もあるからな。第三者の証明はあるに越したことはない」

「確かにですね……わかりました! 留意いたします、教えてくださりありがとうございます」


 これで一つ賢くなったなぁと、アメリアはどこかホクホクな気分になっていると。


「すぐつけていかれますか?」


 後からやってきた店主がペンダントを手に、にこやかに笑いながら提案する。


「せっかくだから、そうさせてもらう。……いいな?」

「は、はい……! お願い……します」

「かしこまりました」


 店主は微笑ましいものを見るような目で頷いてから、ローガンにペンダントを手渡した。


「つけるぞ」

「は、はい……」


 ローガンがかがみ込み、アメリアの首に手を回す。


 旦那様の、恐ろしいほど整った顔立ちが目の前にある。

 長めの銀の髪がアメリアの鼻先をくすぐる。

 シトラス系の安心する香りがふわりと漂う。


 耳をすませば心音さえ聞こえてきそうな距離に、アメリアは完全に硬直してしまった。


 ドキドキするとか、恥ずかしいとか、そういうのを考える余裕すらなかった。


 ローガンの余裕のある落ち着いた息遣いに対し、自分の呼吸が浅くなっていないか心配であった。


「これでいい」


 手際良くペンダントを着けた後、ローガンが身体を離す。

 名残惜しい気持ちが尾を引いているが、これ以上体温が上がったらプシューッと倒れてしまうなので、良いタイミングだった。


「そ、その……どうでしょうか?」

「とても、よく似合っている」


 間髪入れずに即答してくれたローガン。


「君の美しい赤髪にぴったりだ」


 続けて追い討ち。

 アメリアがどんな気持ちを抱いたかなんて、表情を見れば一目瞭然だった。


「……ありがとう、ございます」


 瞳の奥が熱い。

 口元の緩みが抑えきれない。


 大切な人に、こんなにも素敵な贈り物をいただけて。


 アメリアは胸がいっぱいで溢れそうだった。


(一生の宝物にしよう……)


 心の底から、アメリアはそう思った。


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― 新着の感想 ―
店主の愚痴も「そういう気分の時もある」ってサラッと流すローガン様が優しすぎて……もともと人柄知ってる人には巷の噂はどんなに馬鹿らしい噂だった事でしょうか。 アメリアさんと一緒に出掛けるようになったら噂…
[良い点] ・アメリアが公爵から贈り物をもらった [一言] アメリアがこれまでの苦難の日々を超えて幸せいっぱいなのがでうれしいです。 そして、このあとどうなるのか、ドキドキです…。
[良い点] 今のアメリアさんを見て、かつての彼女を思い起こす人はもういないでしょう。もしかしたらハグル家の使用人ですら、気付かないかもしれませんね。 [気になる点] あとは礼儀作法を身に付ければ、それ…
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