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第40話 朝池での一幕

「本当に申し訳ございません!」


 あわや朝池を回避した後。

 アメリアは、キャロルに全力で頭を下げた。


 キャロルの服装は豪勢なドレス……とは真反対の、使用人が着用しているような質素なものだった。

 一見すると庭の手入れしのようにも見えるが、ローガンの遠縁の、そしておそらく高い地位におられるであろうご婦人である。


 池ぽちゃを救助してもらうなど、淑女が聞いて呆れる体たらくである。

 

「それから、ありがとうございました!!」


 より深々と、アメリアは頭を垂れる。

 心の底からの、誠心誠意の謝罪であった。


「気にせんでいい。むしろ、朝から面白いものが見られて満足じゃ」


 キャロルはくつくつと笑みを溢しながら言う。


「ご寛大なお言葉……痛み入ります」

「堅苦しいの嫌いじゃ、と言ったろう。そんな畏まらんでいい」

「は、はい……申し訳……いえ、ありがとうございます」 

「うむ」


 満足気に、キャロルは頷いた。

 同時に、アメリアは「あっ」と気がつく。


「えっと、あの……」

「なんじゃ?」

「先ほど、私を助けてくれた時に、その……肩、大丈夫でしたか? あれで余計に痛めていたら、申し訳ないなと……」


 いくらアメリアが小柄とはいえ、ひと一人を引き寄せる負荷はそれなりなものだ。


「ああ、なんじゃそんなことか」


 キャロルが右肩を回しながら言う。


「ああいうのは肩の力ではなく、身体の軸と捻りをうまく使って引っ張るのじゃ。故に、あれくらいどうってことない」

「な、なるほど……そういうものなのですね」


 流石、年の功と言うべきか。

 身体の使い方のコツが染み込んでいるのであろう。


 何もない所で躓きがちなアメリアは、ぜひ見習いたいものだと思った。


「こちらが、お薬です」


 気を取り直して、キャロルに薬の入った小瓶を渡す。


「これを、寝る前に肩の痛むところに塗ってみてください。夜の間に痛みを抑える成分が染み込んで、翌朝にはかなり楽になっていると思います」

「寝る前に塗るのじゃな。わかった、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 小瓶を嬉しそうに眺めるキャロルに、アメリアは小さく笑みを浮かべた。


 その後、アメリアとキャロルは地面に横たわる太めの木に腰掛け、美しい池を眺めながら言葉を交わした。


「良い場所じゃろ?」

「はい、とても」


 アメリアは即答する。


「空気も綺麗で、池も澄んでいて、浮草も綺麗で……本当に、素敵な場所です」

「浮草を褒める者は初めてじゃな」

「あ、あはは……ちょっとだけ、植物……というより、自然が好きでして」

「その気持ちはわかるのう」


 キャロルが、新鮮な空気を深く吸い込んでから言う。


「若い頃はバリバリ働いていた分、引退してからは自然と戯れるのもまた一興と思うようになってな。この邸宅に来た時には、庭園を散歩するのが日課になっておる」

「自然と戯れる素晴らしさ、わかります……!! 私も自然が好きで、草や花はもちろん、山も川も森も全部大好きで、海はまだ見たことがないので是非いつかは見に行きたいなと思って……あっ……」


 自分が気付かぬうちに前のめりになっていることに、アメリアは気づく。

 そんな彼女の姿を見て、キャロルは「やはり、面白い子じゃのう」とくつくつ笑った。


「す、すみません、思わず興奮してしまい……」

「気にするでない。自分の好きなことを率直に好きと言えることは、とても良いことじゃ」

「そう仰っていただけると嬉しいです……ここには、よく来られるのですか?」


 キャロルの肩がぴくりと震える。


「ここは、お気に入りの場所でな」


 懐かしい記憶を呼び起こすように、キャロルは空を見上げて言う。


「若い頃は、現当主とよく来たものじゃ。あやつもまだ、それはもう小さくて可愛げがあってのう」

「ローガン様とですか?」

「そうじゃ」


 キャロルが頷く。

 

 アメリアは想像する。

 ローガンの幼い頃を。


(それはそれはもう……可愛らしいお姿だったんでしょうね……)


 様々な植物を組み合わせる中で培った、アメリアの豊かな想像力が炸裂。

 むすっとしていて目は鋭いけど、小さくて愛くるしいローガンの姿……凄まじいギャップと破壊力だ。


「何を悶えておるのじゃ?」

「い、いえ……なんでもございません……」


 頬の赤みを悟られないよう顔を手で覆って、ごほんと咳払い。

 なんだか気恥ずかしくなって、話題を変える。


「いつも、お一人で来られるのですか?」

「騒がしいのは嫌いでな。自由にふらふらと歩き回っておる」

「そう、なのですね」


(大丈夫かしら……だいぶ、お年を召しているご様子ですし……)


 そんなアメリアの心内を読んだのか。


「心配しなくても、いざとなったら人を呼べる手段はある」


 言って、キャロルは腰につけた大ぶりな鈴をちりんと鳴らしてみせた。

 キャロルが来た際に聞こえた鈴の音はこれか、とアメリアは合点がいく。


「この鈴を激しく鳴らせば、かなり遠くまで聞こえて人が駆けつけるようになっておる」

「なるほど、それでしたら安心ですね」

「歳には勝てんからのう」


 くつくつと、キャロルは全く悲観した様子もなく笑う。

 この歳まで楽しく充実した人生を送ってきたと言わんばかりで、アメリアはどことなく羨ましいと感じた。


「さて、じゃあそろそろお暇するかのう」


 キャロルが立ち上がる。


「あ、はい! 改めて、ありがとうございました」

「うむ。こちらこそ、お薬ありがとう」


 最後にそう言って、キャロルは背を向け立ち去った。

 どこか掴みどころのない雰囲気に、不思議なお方だなあとアメリアは改めて思うのであった。


「さて……」


 アメリアも立ち上がり、池……の水面の浮草を見下ろす。

 

 お待ちかねの浮草ゲットタイムだ。

 せっかくなので、これだけは持って帰りたい。


 池のほとりに歩を進め、膝を曲げる。

 今度は池ぽちゃしないよう、慎重に手を伸ばした。


「んんーー……後もうちょい……」


 あと十センチ、いや五センチ身長が高ければ確実に届いていた。

 身長が伸びなかったのはきっと実家での貧相な食事のせいだ。


 おのれ恨めしい。


(いや、もう少し頑張ればいける……!!)


 意識が浮草に集中し、周りの音が遮断される。

 生涯において未だ手に取ったことのない財宝くさを手に入れるべく、アメリアは力の限り腕を伸ばして──。


「アメリア様」

「わっ!」


 研ぎ澄まされた意識の外から、聞き覚えのある声が鼓膜を叩いてアメリアは飛び上がった。


 デジャヴ。


「あっ……!!」


 飛び上がった拍子に軸がずれて、上半身がぐらりと池の方へ引っ張られる。


 デジャヴその二。


(お、落ちる……!!)


 ガシッと、両肩に力強い感覚。

 池にダイブするはずの身体は、第三者の力によってしっかりと軸を元に戻された。


 デジャヴ以下略。


「はあっ……はあっ……」


 再び浅くなった呼吸と、バクバクと高鳴る心臓を宥めて振り向くと。


「失礼、そこまで驚くとは思っておらず……危うく、水の妖精になる所でしたな」


 オスカーが、ほっとしたように言った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ご老人二人に助けられるアメリアさん。多分まだ軽い方だからなんとかなったのでしょうが。 [気になる点] 二度あることは三度あると、ならなければいいですが。 [一言] オスカーさんも内心は焦っ…
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