第35話 役に立ちたい
「……ふぅ」
ヘルンベルク邸が誇る大浴場に肩まで浸かった途端、アメリアはいつものように息を漏らした。
この家に嫁いできてからというもの毎日のように訪れるくらいには、アメリアはお風呂にハマっていた。
いや、ハマったなんてものじゃない。
毎日ご飯を食べるのと同じように、生活リズムの一部に組み込まれてしまった。
お風呂に入ると、嫌なことも、悩み事もどうでも良くなってしまう。
溜まった疲労と一緒にそれらを洗い流すことがアメリアの一日の楽しみになっていたのだが……。
「なんだか、いつもより熱い……」
頬をトマトみたいに赤くして、アメリアは呟く。
頭が茹で上がっているというか、全身に熱が籠っているような感覚。
原因はわかっている。
「うぅ……恥ずかしい……」
ちゃぽんと、アメリアは鼻下まで隠れるように浸かった。
昨晩の夢のせいだ。
旦那様に腰を抱かれ接吻を迫られるという、今まで見たことのない夢をしっかりと見せつけられてしまった。
普通の夫婦だったらごく当たり前の光景かもしれないが、此度の婚約は契約によるもの。
スキンシップなどほとんど取っていない現状では、アメリアにとって刺激が強すぎる夢だったのだ。
「ローガン様のお顔……まともに見ることができない……!!」
顔を両手で覆い、ざぶざぶと身を揺らすアメリアの姿は初心な乙女そのもの。
ほかほかと身体からも湯気が立ち上り、耳まで真っ赤っかだ。
そのうちすぐにのぼせてしまった。
湯から出て、浴槽の縁に腰掛けて足だけ湯につけていると段々と冷静になってきた。
「うぅ……情けない姿をお見せしてしまった……」
ぽつりと呟き、昨日のことを思い出す。
自分の一番弱い部分をローガンに見つけられ、肯定され、包み込んでもらって……年甲斐もなくわんわんと泣き叫んでしまった。
大人っぽい振る舞いを心がけようとか、子供っぽいと思われないように頑張ろうとか、そういった宣誓とはまるで真逆の醜態を晒してしまった。
でも……。
「嬉しかったな……」
長い間、ずっと自分の深いところに押し込んで見えないようにしていた感情を受け入れてもらえて。
俺は味方だって、安心していいって、泣いていいって言われて。
本当に、本当に、嬉しかった。
安心、嬉しさ、肯定、解放……さまざまな感情が全部、涙と一緒になって流れ出た。
身体がこれ以上、水分を失えないと涙が止まった後。
嗚咽を漏らすアメリアの背中を摩りながら、ローガンは言った。
──契約とはいえ、俺たちは夫婦だ。これからも、何か困ったこととか、悩みとかあったら、遠慮なく言って欲しい。
(大切に、されている……)
その強い実感に、アメリアの口元が意図せずにやけてしまう。
「はっ、いけないいけない……」
また顔がだらしない感じになってしまった。
むにょむにょと頬を動かして表情を戻す。
「とにかく……」
ちゃぽんと、少し冷めた身体を再び湯船に浸ける。
「私も、ローガン様のお役に立たないと……」
強い口調で呟く。
自分の持っている力がローガンの力になるかはわからないが、何か助けになりたいと思った。
(旦那様が私を、助けてくれたように……)
そう、強い決心を抱いたその時。
ちりん、ちりん……と、鈴が鳴るような音が脱衣場の方から聞こえてきた。
(……誰か、来たのかな?)
特段、驚きはしなかった。
今までも何度か他の人と湯船を共にすることはあった。
侍女だったり、料理人だったり、掃除係だったり、役職はさまざまだが、それで何人かの使用人と顔を合わせた。
『裸の付き合いの前では身分は関係ない』という、東洋の文化を先代様がそのまま引き継いだ故の出会いである。
流石に男女で別に分けられているため、異性が来ることはなかったが……。
しばらくして、カラカラと引き戸が開け放たれた。
もうちょうど温まった(なんなら温まりすぎた)し、入れ替わりで出ようかなとアメリアが思っていると。
「おやおや、珍しく先客がいるのう」
アメリアを見るなり、その人物はそう言った。
今日は時間があるのでもう1話くらい錬成できそうです。
たぶん19時くらい(いつもの)
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