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第178話 セドリックの激昂 

本日は19時頃にも更新します。

「ぅ……」


 アメリアが重いまぶたを開けたとき、目に飛び込んできたのは薄暗い室内の景色だった。


 ぼんやりとした視界の中で、見覚えがあるような家具や薄汚れた壁が影を落としている。

 しかしここがどこなのか、すぐには思い出せなかった。


(……っ!! そうだ、私、攫われて……)


 美術館の帰りにライラの花屋へ向かう途中、突然男たちに襲われたのだと思い出す。

 急いで体を動かそうとするも、両手首と足首に強い圧力がかかって自由がきかない。


 何やら鈍い痛みも感じる。

 見ると、細くもしっかりとしたロープで手足が強く縛られていた。


「なに……何が起こってるの……?」


 思わず声が漏れる。

 何か異質な雰囲気が漂う部屋の中で、心の奥からじわりと不安が込み上げてきた。


 全身にまとわりつく重たい空気に、冷や汗が背筋を伝う。

 動けない状態で、アメリアの心拍は自然と速くなり息が乱れていた。


(落ち着いて……まずは状況確認よ……)


 深呼吸をしてから、この場を少しでも把握しようとアメリアは視線を巡らせる。

 見慣れない暗がりの中、どこか懐かしさを覚える家具がいくつも並んでいた。


 奥の方ではパチパチと、申し訳程度に暖炉に火が灯っている。


 そして、鼻先に漂うのは微かに鼻を突く埃の匂い。

 この場所の空気には、どこか思い出深い匂いがかすかに残っているような気がした。


(この匂いは……)


 不意に記憶の底から浮かび上がったのは、かつては慣れ親しんだ部屋の感触。


 慣れ親しんだ、は語弊がある。


 本来アメリアは、この屋敷に足を踏み入れる事を許されなかったのだから。

 様々なことに気づいた時、アメリアの胸がぎゅっと締め付けられた。


「まさか……ここは……」

「久しぶりだな、アメリア」

「……っ!!」


 低く冷たい声が闇を切り裂くように響き、アメリアの耳を突いた。

 反射的に息を呑んだ。


 パッと明るくなって、アメリアはその声の主をはっきりと認識する。

 恐る恐る視線を声の方へ向けると、一人の男がこちらへゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。


 自動的にアメリアは確信する。

 自分が今いるこの場所は、かつて閉じ込められていたハグルの実家の一室であると。


「お父、様……」


 その姿も、声も、忘れはしない。


 幼少期からへルンベルク家に嫁ぐまで数え切れぬほどの虐待をしてきた父セドリックが、目の前に立っていた。


 その贅を尽くしてパンパンになった腹回りも、常に怒りを浮かべていた鋭い瞳も変わらない。


 ただ最後に見た時に比べると、セドリック幾分か痩せて、顔色も優れないように見えた。 


「随分といいドレスを着ているな」


 セドリックは冷たい眼差しをアメリアに向けて言い放った。


「…………」


 自らを長らく虐げてきた存在を前にして、喉がかすれ、言葉がうまく出ない。

 胸に冷たい鋭い刃が突き刺さるような感覚があった。


「これは……お父様の仕業なのですか……?」


 やっとのことで尋ねる。


 信じたくない。


 実の親がこんな事をするなんて……という思いとは裏腹に、セドリックは手を振り上げた。


 次の瞬間、顔に衝撃が走った。


 頬に火がついたような痛みが広がり、驚きのあまり息を呑む。


「あうっ……」


 縛られたままの身体が、叩かれた衝撃によって倒れる。

 構わず、セドリックはアメリアの髪を掴み、自らの顔に引き寄せて言った。


「全て聞いたぞ、お前の力のことを」


 鋭い目つきでアメリアを睨みつける視線には、容赦や情けの欠片もない。

 まるで獲物を追い詰めるかのような冷酷さが漂っている。


「ちか、ら……?」

「とぼけるな。国を揺るがすほどの財を成し得る、凄まじい調合力を持っているのだろう?」

「……!!」

(どうしてそれを……)

「大金になる力を持っていながら実の親にも隠していたとは、親不孝者めが!」


 バシッ!!


「いぁっ……」


 再び頬に熱が走る。

 恨みの篭った力がアメリアを襲う。


「お前のせいで!! 我が家は滅茶苦茶だ! どうしてくれるんだ!?」


 拘束されたまま抵抗もできず、アメリアは何度も何度も叩かれ、蹴られた。


 セドリックの顔は赤く染まり、怒りに歪んでいる。

 もう長らく忘れていた敵意、そして痛みに、アメリアは混乱と恐怖に陥っていた。


 しかし一周回って冷静になった頭が、セドリックの立場を想像する。


 思い返してみると、へルンベルク家に嫁いでから実家には災難が降りかかっていたことは想像するに容易い。


 屋敷の家事のほとんどを担っていたアメリアが抜けたことによって、ハグル家の運営自体がままならなくなった。


 加えて、メリサの暴走による賠償金、そしてエリンのエドモンド公爵家で失態による罰……。


 その全てが自業自得に思えてならないが、兎にも角にもハグル家は踏んだり蹴ったりでもはや没落寸前。


 否、没落したと言っても過言ではない状態だった。


 そんな中、どういう経緯かはわからないが、アメリアに金のなる力──植物を起点とした調合スキルを持つ事が判明した。


 それを知ったセドリックは、その力を利用しようと無理やり誘拐した……そう考えると、全ての辻褄が合った。


「はあーっ……はあーっ……」  

 セドリックは息を荒げ、肩で呼吸を繰り返している。

 額に汗を滲ませながらも、瞳いっぱいに広がる憎悪は沸々と燃え上がっていた。


 一方で、アメリアはボロボロだった。


 身体中が痛い。

 ドレスは薄汚れていて、肌のあちこちに痣が浮かんでいる。


 しかしそれ以上に、心の奥深くで何かがじりじりと燃え始めていた。


「……お前に、チャンスをやろう」 

 セドリックが膝を折り、アメリアの乱れた髪を掴んでぐいと顔を引き上げた。


 憎しみが込められた眼差しが、アメリアを逃がさないかのように突き刺さっている。


「ローガン公爵との婚約を解消しろ。そして家に戻ってきて、我が家のためにその力を使うんだ」

「……!?」 

 アメリアの目が大きく見開かれる。


 ローガン様との婚約を解消しろ――セドリックの言葉はあまりにも荒唐無稽で、現実とは思えなかった。


「そうすれば、お前が我が家にもたらした損害の全てに目を瞑ってやろう! 喜べ! ずっと役立たずだったお前が、やっと我が家の利益になれるのだ!」


 セドリックが唾を飛ばしながら叫ぶ。

 愉快そうに笑うセドリックの一方、アメリアの中で何かが静かに沸騰し始めた。


 今まで顔を出さなかった感情がどんどんと膨れ上がり、芯の奥底から熱い炎が姿を現す。


 それは、自尊心を傷つけたものに対し抗うべく備えられた激情──怒りだった。


「これで我が家は復活できる! ようやく全て解決するのだ!!」

「……や……です……」

「…………あ?」 

 セドリックは不満げに眉をひそめ、低く唸るような声を出した。


 しかし、アメリアは怯むことなかった。


 これまで自分の中で押し殺してきた思いを解き放つように、キッとセドリックを睨みつけて言った。


「絶対に、嫌です!!」


 アメリアは恐怖で震えながらも、はっきりと声に出して拒絶した。

 かつての自分なら、セドリックの命令には逆らえなかっただろう。


 だが、今の自分は違う。ローガンと出会って、へルンベルクの屋敷に過ごすうちに、実家でかけられた洗脳は完全に溶けていた。


 ローガンと過ごす中で、自分の意志を持つこと、そして自分を大切にすることを学んだ。


 ここでローガンとの婚約を一方的に解消するのはおかしいと、そんなこと許されていいはずがないと、アメリアの意思が主張した。


「ローガン様との婚約は解消しません! 私の力も……貴方なんかには絶対に使いません!!」


 他でもない自分自身の言葉で、アメリアは叫んだ。


 ぶちぶちい!!

 セドリックの青筋が音を立てた。


「この俺に逆らうのか!?」

「あうっ……」


 ずっと虐げ、下に見ていた娘に反抗された事が許せず、セドリックはアメリアを壁に叩きつけた。


「役立たずのくせに!! 醜穢令嬢のくせに!! 元々殺すはずだったお前を、誰がここまで育ててやったと思ってるんだ!?」


 セドリックは声を荒げ、怒りに駆られるようにアメリアを踏みつけた。

 もはや父親としての愛情のかけらもない。


 ただ憤りに身を任せるだけの獣と化している。


「うっ……あっ……」


 セドリックに足蹴にされるも、縄で拘束されているため為す術がない。

 すると首に強い圧迫感が襲った。


「死ねえアメリア!」

「っ……!?」


 セドリックが、アメリアの首を両手で締め上げ始めたのだ。


「親に逆らうお前なぞ、生きてる必要はない!!」

「かっ、はっ……」


 血走ったセドリックの目には理性は残っていない。

 ただただ、正気を失った狂気が宿っていた。


(……私、ここで死ぬの……?)


 生存本能が警鐘を鳴らす。

 息が詰まり、視界がぼんやりしてくる。


 二度とローガンには会えないかもしれないという絶望が、アメリアの心を蝕んでいった。


(そんなの……嫌……!!)


 せっかく出会えたのに。 

 幸せはこれからだと思っていたのに。


(こんな所で終わるなんて……絶対に嫌!)

「……けて……」


 最後の力を振り絞って、アメリアは声を張り上げる。


「助けて……!! ローガン様!!」


 アメリアが叫ぶのと、轟音とともに部屋の扉が勢いよく蹴破られたのは同時だった。



【いよいよ明日発売!】


『誰にも愛されなかった醜穢令嬢が幸せになるまで』


コミックの第1巻が明日1/25に発売されます❗️

既に並んでいる書店さんもあるようです!


空木先生が描く幸せそうなアメリアが目印です!


挿絵(By みてみん)


コミックでしか見れないイラストや、青季ふゆ完全書き下ろし小説なども収録しております!

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挿絵(By みてみん)


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【漫画原作】花紡ぎの聖女は初恋の皇太子に溺愛される【1話無料】



― 新着の感想 ―
 怒れる暴虐公爵様、降臨!  没落する前に取り潰し確定だな。
ローガンさんとシロちゃん、セドリックは殺ってヨシ! (๑•̀ㅂ•́)و✧ 個人的にセドリックは巻きワラにしたい…
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