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第176話 ずっとこんな日々が続けば良いのに

 美術館を出た後、アメリアがふと歩を止める。

 それから少し視線を遠くに向けて、思いついたようにローガンに尋ねた。


「ローガン様、お花屋さんに寄り道しても良いですか?」

「花屋に?」

「はい、ちょうどライラのお花屋さんがこの近くにありますし、久しぶりに行きたいなと」


 もっともらしい理由を口にするアメリアだったが、内心は違う考えがあった。


(指輪のお礼に、ローガン様にお花を買っていきたい……最近働き詰めみたいだから、リラックスできる香りのものが良いわよね)


 そんなアメリアの思惑は知らず、ローガンは頷き、「いいぞ」と答える。


「だが、俺は先に屋敷に戻る。外遊中に溜まった仕事が、まだまだ山積みでな」

「そうなんですね……わかりました、お仕事を頑張ってくださいね」

「ああ」


 アメリアの応援を受けて、ローガンはふっと微笑む。

 それから護衛のリオを呼んだ。


「何事もないとは思うが、アメリアを頼む」

「かしこまりました」


 力強く返事をするリオに頷き、ローガンはアメリアに向き直って言う。


「夕食までには帰ってくるんだぞ」

「もう、子供じゃないんですから」


 揶揄うように言われて頬を膨らませるアメリアの頭をぽんっとひと撫でしてから、ローガンはゆっくりと馬車へ乗り込んだ。


「お気をつけて!」


 馬車が走り出し、街路を曲がって彼の姿が見えなくなるまで、アメリアはずっと手を振っていた。

 ローガンの去ったあとの静寂が、どこか名残惜しげな空気を残している。


「それじゃ、行こっか」

「先導します」


 リオが先に歩いて、ライラの花屋へ向かって歩き出すアメリア。

 頭の中はローガンの疲れを癒す花はなんだろうかという思いでいっぱいだった。


 午後の日差しは暖かく、街並みは穏やかで平和な雰囲気に包まれていた。


「ふふふーんふーん♪」

 リオの先導で花屋への道を歩きながら、アメリアはつい鼻歌を口ずさむ。

 今日の空は晴れ渡り、ワインレッドのダイヤが光を受けて美しく輝いている。

 先ほどローガンに貰ったばかりの指輪に何度も目を落とし、うっとりと眺めては微笑みがこぼれた。


「幸せそうですね」

「ええ、とても」


 指輪に視線を注ぎなから答えるアメリアの頬は少し赤らんでいる。


 頭の中では美術館での出来事や、ローガンが指輪をはめてくれた時のこと。

 そしてローガンが自分にくれた優しさや愛情の数々が浮かんで、心があたたかくなるばかりだった。


(ずっと、こんな日が続けば良いのに……)


 そんな風に、静かな幸せが続くことを願った。


 ──その瞬間だった。


 突然、鋭い音が空気を切り裂き、耳元に鋭い風切り音が響き渡った。


「危ない!」


 その途端、リオがアメリアに向かって鋭い声を上げる。

 リオが咄嗟にアメリアの前に出ると、次の瞬きの後には彼の腕に一本の矢が深く突き刺さった。


「ぐっ……!!」


 リオは苦痛に顔を歪めながらも、歯を食いしばって堪えている。


「リオ!」


 突然のことでアメリアは身体を硬直させるも、リオの傷を見て思わず声を上げる。

 震える手で矢を引き抜こうとするリオに、アメリアは叫ぶ。


「抜いちゃだめ! 今、薬を……」

「きゃああああああああああーー!!!」


 アメリアが薬を取り出そうとした瞬間、すぐ近くから女性の悲鳴が聞こえた。

 反射的に振り向くと、道の奥から馬車が猛スピードで突進してくる音が響いてきた。


 馬車は車輪を激しく回転させながら石畳の道を進み、アメリアの前で急に止まる。

 直後に、数人の男たちが武装した姿で馬車から飛び降りた。


「なっ……なに……?」


 あまりにも急な展開すぎて呆然とするアメリア。


 一方のリオは状況を瞬時に察して、剣を抜いてアメリアを守ろうと立ちはだかった。


「アメリア様、ここからお逃げください!」

「でっ、でも……」

(リオを放って逃げるわけには……)


 緊急事態の状況下で、その一瞬の迷いが明暗を分けた。

 男たちは冷静な動きでリオに襲いかかる。


「くっ……」


 リオの腕には矢が刺さったままで動きは鈍い。

 対して男たちの動きには隙がなく、相手を完璧に封じるための訓練を受けていることが一目でわかった。


「らっ……あっ……!!」


 リオは剣をふるい必死に応戦する。

 最初の一人、二人は斬り伏せる事ができたが、すぐに劣勢になった。


 手負いの上に相手が複数となると流石のリオとて分が悪い。

 アメリアも先ほどまでの平和な光景から一変、リアルに迫る命の危険にどうしたら良いのかわからず、その場に立ちすくんでしまった。 


「きゃっ……!!」


 背後から大きな腕がアメリアの体を強く押さえ込んだ。


「大人しくしろ!」


 大きな声が耳元に響く。

 たちまちのうちにアメリアは腕をきつく縛られた。


「アメリア様!!」


 リオの叫ぶ声が上がる中、男たちはアメリアを馬車の中に押し込む。


 荒々しい手つきで縛り付けられ、窓のない馬車の暗闇の中に閉じ込められたアメリアは必死に逃れようとするも時すでに遅かった。


「アメリア様ーーーーー!!」


 リオの叫びが響くが、アメリアは囚われの身となっていた。


 馬車が激しい勢いで駆け出す。

 後にはリオと、リオに倒された数人の男だけが残された。




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