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第174話 美術館にて

 ──美術館に、行きませんか?

 その提案はアメリアの、もっとローガンのことを知りたい、という思いから出てきた提案だった。


 しかし今思うと、そう遠くないうちに離れてしまうローガンと、一緒にいる時間をなるべく作りたかったから、という気持ちもあったからかもしれない。


 何はともあれアメリアがささやかな提案をしてから三日後、二人は町の美術館にやってきた。


「わああっ……」


 美術館に足を踏み入れるなり、アメリアは思わず声を漏らした。

 アメリアとローガンが歩く廊下の左右には、様々な名画や彫刻が整然と並べられており、それぞれにスポットライトが当てられている。


「そういえば、お客さんは私たち以外見当たりませんね?」


 聞くところによると、へルンベルク領の中では一番大きな美術館ということだが、見えるのは係員と思しき人だけで、他のお客とは一人もすれ違っていない。


「今日は俺の権限で一日、美術館を貸し切った。だから俺たち以外誰もいない」

「か、貸切……!?」


 なんでもない風に言うローガンに、アメリアはぎょっとした声を漏らす。


「領地視察の一環ではあるからな。たまには良いだろう」

「凄い……流石は公爵様ですね……」


 こうして、二人はのびのびと美術館を巡ることになった。

 壁にかけられた額縁は精緻な彫刻が施され、一つ一つが異なる雰囲気を放っており、まるで絵画が静かに語りかけてくるような雰囲気を纏っていた。


 澄み切った館内は紙とインクを混ぜたような癖になる香りが漂っていて、普段立つことのない異世界が視界に広がっている。

 これまで植物や薬学に関しては豊富な知識を持つアメリアも、芸術という世界に触れるのは初めての体験で、目の前に広がる色彩と形の連続に胸が高鳴るのを感じていた。


「ローガン様、この絵は何ですか!?」


 アメリアが興味深げに指差したのは、月明かりの中に浮かぶ一輪の白い花が描かれた美しい絵。

 アメリアに質問されてすぐに、ローガンはスラスラと言葉を並べた。


「『月下』だな。作者はエドワード・ランバート。希望と光をテーマに多くの作品を残した画家で、この絵もその一つだ」

「ふむふむ……」

「夜の静寂の中に咲くこの花は、どんなに暗い時でも決して失われない希望を表している。背景の夜空の深い青と花の純白さが対照的だろう? 暗い場所でこそ、その輝きが一層引き立つということを描いている」

「なるほど……!! 確かに言われてみると、深い意味が込められている絵ですね……!!」


 ローガンの解説に、アメリアは感嘆の息を漏らした。

 解説を踏まえてみると、白い花びらは希望、背景の夜空が絶望を象徴しているかのような、また違った見方になる。


「ローガン様、この銅像はなんでしょう?」


 続いてアメリアの目に留まったのは、力強く立ち、毅然とした姿で剣を握る戦士の銅像だった。

 その勇ましい姿には風格と静かな威厳が漂い、見る者に畏敬の念を抱かせる。


「これは『光の守護者だな』、作者はガブリエル・ハウラー。この国を守るために生涯を捧げた英雄で、信念と勇気の象徴として造られたんだ」

「なるほど……確かに、なんだか物凄い気迫を感じますね……」


 銅像にしばし見入ってから、二人はさらに展示の奥へと進んでいく。

 その道中の作品についてもアメリアが質問し、ローガンが解説するというやりとりをしていた。


「ローガン様、本当に芸術作品がお好きなのですね」


 大抵の作品についてはスラスラと解説を口にするローガンに、アメリアは感嘆して言う。

 ローガンの博識ぶりに、芸術に対して深い知識を持っていることがわかり、改めて彼の知性と感性の豊かさに驚かされていた。


「教養はあった方が良いと、大昔に父に勧められてな。思った以上に奥が深くて、気がつくと少しハマってしまった」

「少し、どころじゃないほど博識な気がしますが」

「一度見たものは忘れないからな。少しずつでも数を摂取していれば、気がつくと膨大な知識の量になっている」

「塵も積もればというやつですね」

「その通りだ」


 頷くローガンの後をアメリアはついていく。

 彼の新たな一面を知れたことが、アメリアにはとても嬉しかった。


 そうして美術館の奥に進むにつれ、アメリアはふと一枚の絵画の前で止まった。


 先ほどの『月下の聖花』や『光の守護者』などとはまるで対照的な、重苦しい暗雲を漂わせる作品。

 絵の中には荒廃した大地が描かれており、何もかもが焼き尽くされた絶望が漂ってきている。


「……これは、何ですか? なんだか怖い……」


 アメリアが恐る恐る尋ねると、ローガンはまた詰まることなく開設する。


「『廃墟』か。作者はゲイン・ハルト。彼は幼い頃に巻き込まれた戦争体験を元に、災厄がもたらす絶望をテーマにして描き続けた画家だ」

「戦争……」


 ぎゅっと、アメリアは胸の前で手を握る。

 作者が経験した戦争の悲惨さが絵からひしひしと伝わってきて、アメリアの胸にピリリとした痛みが走った。


「ヴァイスは自身が目にした戦場の記憶を、そのまま切り取ったかのように筆で表現している。絵の中央にある黒い裂け目のような影は、まるで人の魂すら飲み込む深淵のように描かれているんだ」

「本当に……絶望そのものが絵に宿っているようですね」

「ああ。描き方の手法もインパクトを重視したもので、見る者に『忘れてはいけないもの』を刻みつけるように描かれているな……相当、辛い体験をしたのだと伺える」


 そう言って、ローガンの瞳にはどこか悲痛げな色が灯っていた。

 そんなローガンの腕に、アメリアがそっと身を寄せる。


 まるで、ローガンが受けた辛い感情を分かち合うかのように。

 しばらくの間、二人はその絵に吸い寄せられるように見入っていた。


◇◇◇


 美術館での芸術鑑賞は続く。

 そろそろ展示も終盤といったところ、ローガンがふとある絵画の前で足を止めた。


 視線の先には、柔らかい光に包まれ、明るい草原が一面に広がっている風景画があった。

 草花がそよ風に揺れ、木々の葉が鮮やかに輝き、遠くには澄んだ青空と幸せそうな家族の姿が描かれている。


 画面全体が温かく優しい光に包まれ、どこか懐かしく、心がほぐれるような雰囲気を纏っていた。


「これは……」


 ローガンが静かに息を漏らし、絵に引き寄せられるように一歩前に出る。


「ゲイン・ハルト氏が晩年に発表した作品だ。こんなところに展示されているとは……」


 驚いたように言うローガンに、アメリアが訪ねる。


「ゲインさんって、さっき見た『廃墟』の……?」


 アメリアの脳裏に、先ほど見た絶望感に塗れた廃墟の絵画が浮かぶ。


「そうだ。これはゲイン氏の代表作の一つでもあるが……初期の暗いテーマからは想像もできないほど穏やかな作品だろう?」

「はい……見ていると、心がぽかぽかしてきます。」


 草花の揺れる音、穏やかな風の温度。 

 そして何よりも、世界全体が愛情に満ちているような感覚が絵から溢れ出してくるようだった。


 光に満ちたこの風景は、かつて描いた絶望とは真逆のものに見えた。


「ゲイン氏は当初、戦争体験から世界を悲観的に捉え、残酷な現実をそのまま表現することで知られていた。しかし、ある転機を迎え、徐々に作風が変わっていったんだ」


 アメリアはその言葉に興味を抱き、静かに尋ねた。


「何か……特別な出来事があったんでしょうか?」

「……愛する者と出会った、と言われている」


 ローガンの声には、妙に優しげな響きがあった。

 アメリアはその言葉に心を打たれ、目の前の絵に再び目を向ける。


 温かく、どこか愛情めいたなものを感じるこの光景は、ゲインが愛を知り、変わっていった心の景色そのものだったのだろうか。


「なんだか、素敵な話ですね……」


 猫を優しく撫でるように、アメリアは言う。


「荒切っていた心が、愛する人と出会うことで変わって、こんなにも優しく、温かくなるなんて……」


 まるで、ゲインの心の変化が映ったかのように、アメリアの胸にも温かな気持ちが広がっていく。

 この穏やかで温かな風景は、彼が愛する人と過ごし、初めて知った優しさと安らぎを映しているのだろう。


 そんな風に絵に込められたゲインの気持ちが、ぼんやりと理解できるような気がした。

 アメリアも元々、不遇な幼少時代を過ごした。


 誰にも愛されず、醜穢令嬢と蔑まれ、暴力を振るわれた。

 絶望の中にいて、辛い日々を過ごしていた。


 そんな中で出会った、白黒だったアメリアの世界に色を与え救ってくれた、愛する人――ローガンを静かに見上げる。


 彼の存在が、今の自分の心にどれほどの色彩を与えているか、言葉では説明しきれない。


 愛する人がいることで世界の見え方が変わる──ゲインがその心境に至ったように、自分もまたローガンのお陰で、見える世界が輝き始めたと改めて実感するのだった。




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