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第163話 拘束されたエリン

 某日、深夜。


 ハグル家の本邸は、まるで破滅を予見するかのような重苦しい空気に包まれていた。


「離してよ! 汚い手で触らないで!」


 エントランスで甲高い声を上げているのはアメリアの妹エリン。


 廊下に響く硬い靴音とともに、鎧で武装した衛兵たちがエリンの腕をしっかりと押さえつけて連行している。


 拘束から逃れようと、エリンは流麗な金髪をはためかせ、ジタバタと身体を動かしていた。


「暴れるな、大人しくしろ!」


 エリンの抵抗に衛兵の一人が冷淡に命じる。


 もはやエリンのいかなる意志も尊重される事はなかった。


「お母様、お父様、助けて!」


 エリンの叫びエントランスに響き渡る。

 その視線の先には両親の姿があった。


「娘を連れて行かないでください! これは何かの間違いなんです!」


 エリンの母リーチェが涙を流し、衛兵たちに懇願するように取りすがった。


「頼む! 少しの猶予を……我が娘には過ちを悔い改めさせる! どうかここで見逃してはもらえないか……!?」


 父セドリックも衛兵たちに頭を下げて懇願する。

 しかし衛兵たちの返答は無情だった。


「命令は命令だ!」


 衛兵は冷たくリーチェの手を振り払い、容赦なくエリンを引きずっていく。


 もはやセドリックとリーチェは為す術もなく、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 悲痛な叫び声と共にエリンが連れ去られていき、馬車に押し込まれてその姿が見えなくなる。


 ゴトゴトと無骨な音を響かせて遠ざかっていく馬車を前にリーチェは崩れ落ち、叫び声をあげた。


「どうして……どうしてこんなことになるのよ!!」


 リーチェの叫びは、屋敷の廊下に虚しく響くだけだった。


 セドリックも震える手で顔を覆い、信じられないというように唇を噛み締めている。


 エリンの罪は明白で、取り消しが効かないことを理解していても、闇に引き摺り込まれるような絶望感に襲われていた。


 エリンの醜態は、エドモンド公爵家のお茶会で白日の下に晒されていた。


 公爵側が開催した『茶葉の読み解き』において、参加者の信頼を裏切る不正操作、贈賄。


 さらにはローガンの婚約者であるアメリアへの侮辱行為が罪状として加えられ、最終的には投獄が決定された。


 ハグル家には賠償金が科されていたが、すでに底をついた財産ではとても賄いきれるものではなかった。


 最愛の愛娘が連行されてしまい、リーチェはその場に倒れ込むように座り込み身を震わせている。

 

 そしてその激情の行き所を探すかの如く、セドリックに容赦なく襲い掛かった。


「何とかしなさいよ、あなた! こんなこと、許されていいはずないわ!」


 リーチェに縋りつかれ、泣き叫ばれるが、セドリックは乱暴に彼女の手を振りほどいた。


「ええい、離せ! 俺にどうしろと言うのだ!」


 リーチェの懇願を突き放し、セドリックは足早に奥の部屋へと戻った。


「ちょっと! あなた! 開けなさい!」


 扉を閉めて鍵をかけると、リーチェが必死でドアを叩き、責める声が響く。


 セドリックはそれを無視し、大きく息を吐き出した。


「もう、何も考えたくない……」


 苦しげに呟き、セドリックは机に突っ伏した。

 机の上には、無造作に投げ出された書類や、空き瓶となった酒瓶が散らかっている。


 セドリックは手近にあった酒瓶に口をつけ、現実から逃げるように酒を飲み込んだ。


 かつては栄光に包まれていたハグル伯爵家だが、今は見る影もない。


 埃が床を覆い、薄汚れた壁にはかつての豪奢な装飾が色あせ、輝きを失っていた。


 使用人たちも次々と辞めていき、屋敷は日に日に荒れていくばかりだった。


「……なぜ、こんな事になってしまったのか……」


 アメリアが嫁いでからというもの、全ての歯車が狂った。


 メリサのやらかしに始まり、ハグル家に多大な賠償金が降りかかったかと思うと、さほど時をおかずに比べ物にならないほどの災厄が降りかかった。


 以前まではそれら全ての原因をアメリアに押し付け溜飲を提げてきたが、今はもはやその気力もない。


 エリンのエドモンド公爵家での行いの詳細を聞いて、最初は「まさかそんな……」と思ったが、同時にエリンならなりかねないという確信もあった。


 もはや擁護はできず、こうなってしまうのも仕方がないという諦めの感情も渦巻いている。


 エリンのやらかしは、メリサの賠償金を家財や宝石を売り払う事でなんとか工面した矢先のとどめの一撃になっていて、もはやセドリックからは気力という気力も失われていた。


 髭は伸ばしっぱなしで、頬はこけてしまっている。かつての風貌からは程遠いものになっていた。


 絶望感と後悔が胸を締め付け、もはや自分には何も残されていない気分で、セドリックは再び机に突っ伏した。


 ──その時、不意にきいっと窓が開く音が響いた。


「なっ……!?」


 セドリックは酒の酔いが一瞬で覚めたように頭を上げた。


 鍵がかかっているはずの窓から急に人の気配がした事に、セドリックは心臓が止まりそうになる。


「だ、誰なんだ!? どうやって入った!?」


 震える声で問いかける。

 彼の視線の先には、黒い影が静かに立っていた。


 その人物は全身をマントで覆い、顔は影に隠れている。

 口元には笑みが浮かんでいるように見えた。


「はじめまして、ハグル伯爵」


 低く冷たい声が部屋を満たす。

 セドリックは驚愕と恐怖で凍りついたまま、その人物に視線を据えた。


「貴様は……一体……」


 謎の影は妖しく微笑んだまま答えない。


 妖しげな思惑が潜むその笑みが、不吉そうに灯りを反射していた。


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