第161話 看病
「典型的な風邪の症状ですな」
クリフのお抱えの医者は、ローガンの症状を診断して静かに告げた。
その言葉に、寝室に漂っていた緊張感が少しだけ緩む。
ベッドに横たわるローガンは、青白い顔を汗に濡らしながら、苦しげな息を繰り返している。
普段と冷静さと余裕を漂わせたローガンからは考えられない姿だった。
「大事には至っていないので、ゆっくり休んでいただければ、すぐに回復するでしょう」
「良かったです……」
医者の診断に、アメリアの肩から力が抜け、胸に安堵が広がった。
どうやら、命に関わるような重病ではないらしい。
「昨晩からの寝不足、そしてボートからの転落……色々重なって、身体が無理を訴えたのでしょう」
ローガンの昨日今日の様子を聞いた上で、医者はそう結論づけた。
その言葉に、アメリアは胸を締め付けられるような思いになって思わず顔を伏せた。
昨晩の寝不足やボートから転落したのには、多少なりとも自分に責任があったから。
そんなアメリアに、クリフが優しく声をかける。
「アメリア殿、ここは私どもにお任せして、ゆっくり休んでください」
「わかりました……」
アメリアは一度、そう言って頷いたものの、胸の奥底からひたむきな思い湧き出てきた。
しばしの間、アメリアは言葉を飲み込むように黙っていた。
「すぐさま使用人を招集し、総出でローガンの看病にあたれ」
「かしこまりまし……」
「あの、差し出がましいお願いなのですが」
いつの間にか顔を上げたアメリアが、意を決した様子で言葉を続けた。
「私に、ローガン様を看病させていただけませんか?」
アメリアの決意を秘めたその言葉に、クリフは目を丸くする。
しかしすぐに、アメリアの気持ちに理解を示すように静かに頷いた。
「ああ、もちろんだ。わからないことがあれば、使用人に尋ねるといい」
「ありがとうございます!」
優しく答えるクリフに、アメリアは深く頭を下げて感謝を口にするのだった。
◇◇◇
シルフィやクリフの屋敷の使用人たちの協力も得て、アメリアはローガンの看病の準備を整えた。
まず冷たいタオルを用意して、ローガンの額にそっと当てる。じんわりとした熱が冷たいタオル越しにも伝わり、ローガンがどれほど無理をしていたのかが伺えた。
それからアメリアは自分で調合した薬を取ってきて、ローガンの元に持ってきた。
「飲ませますね」
小声で囁くと、ローガンは薄目を開け、小さく頷く。
それから苦しげにゆっくりと喉を動かしながら薬を飲み込んだ。
一緒に水も飲ませたが、薬の苦味が口に残るのか、わずかに顔をしかめたローガンが、か細い声で呟く。
「すまないな……」
その声はかすれ、普段のローガンからは考えられないほど力が抜けている。
「とんでもございません……いつも、助けていただいてばかりなので」
ゆっくりとアメリアは首を横に振りながら言った。
普段のローガンは頼れる存在であり、困難な状況でも強く冷静でいる姿を見せていた。
けれど今は自分の看病に身を委ね、無防備な表情を見せている。
そんなローガンの姿は新鮮で、不謹慎ながらも彼の弱った姿に妙な愛おしさが込み上げていた。
「今日は私に任せてくださいね」
微笑みながらそう言うと、ローガンはかすかに頷いてからゆっくりと目を閉じた。
そんなローガンにアメリアは手を伸ばす。
それからそっと、ローガンの頭を撫でた。
いつもローガンが、自分にしてくれているのと同じように。
ほのかに湿り気の帯びた髪の感触。
赤子をあやすように撫でていると、じきにローガンは規則正しい寝息を立て始めた。
薬が効いたのか、アメリアの手の感触に安心したのかは定かでは無い。
しかし先ほどの苦しそうな表情とは違い、安らかな寝顔になったローガンにアメリアはほっと胸を撫で下ろすのだった。




