第160話 屋敷に帰ってきて
リオが馬車まで走って応援を呼びに行った後、ほどなくして衛兵たちが到着した。
密猟者たちは縄で縛られたまま、すごすごと護送されていった。
その間も、アメリアのそばでは虎がぴったりと寄り添っていた。
虎に関しては衛兵たちは扱いに困るようで、結局一緒にクリフの屋敷に連れて帰ることとなった。
「……ほんの数時間の間にそんなことがあったのか……?」
ローガンから事情を説明されるなりクリフは驚愕の表情を隠せなかった。
信じがたいといった様子で、クリフはアメリアと虎の姿を交互に見つめている。
無理もない。
ちょっと近くの湖でボートを漕いでくると言って出かけたら、密猟者共を捕縛した上に、大きく真っ白な虎も連れて帰ってきたのだから。
どうにかこうにか状況を飲み込んだクリフは、アメリアとローガンに深々と頭を下げた。
「まずは二人に謝罪する。我が領地内で危険な目に遭わせてしまい申し訳ない。もっと警備に予算を費やしておけば、こんなことには……」
苦渋の表情をするクリフに、ローガンが慌てたように言う。
「クリフ公、頭を上げてください。ならず者は領地を跨いで悪事を働くものです。全てを防ぎ切れるわけではありません。我がへルンベルク領も一層の警戒を怠ってはならないという、良い経験になりました」
「寛大な言葉、感謝する」
もう一度深々と、クリフはローガンに頭を下げた。
そんなやりとりがされている傍ら、ミレーユがアメリアの隣に並んで虎に手を伸ばして撫でた。
虎はミレーユにも警戒を解いているようだった。
虎の雪のように白い毛並みが、ミレーユの手が触れるたびにふわりと揺れる。
そんな虎をまじまじと見つめながらミレーユは言う。
「この子、ホワイトタイガーね。そもそも、南の地方にはいないはずの種よ」
ミレーユが確信めいた口調で言うと、アメリアは目をぱちくりさせて言う。
「ホワイトタイガー……初めて聞きました」
「文献にもほとんど載ってない、希少な虎よ。きっと、北の地方にいたのでしょうけど、密猟者たちに追いやられて、ここまで逃れてきたのね」
「そうだったのですね……」
ミレーユの言葉に、アメリアは同情の瞳を虎改めホワイトタイガーに向ける。
きっとたくさん辛い経験をしたのだろうと思うとなぜだか他人事とは思えなくて、アメリアは慈しむようにホワイトタイガーの頭を撫でた。
ホワイトタイガーは撫でられるたびに表情に安らぎが浮かんで、その大きな頭を彼女に甘えるように寄せる。
「すっかり懐いてしまったようだな」
「ええ……俺とは大違いです」
クリフの言葉にローガンは苦笑を浮かべながら同調する。
自分には持っていない、動物にも好かれるアメリアの特性を、改めて感嘆していた。
「ひとまずこの子を今後どうするかは後ほど考えるとして……当分はこの屋敷に泊めてあげましょう」
「すみませんが、よろしくお願いします」
「任せて。ホワイトタイガーのお世話を人生で出来ることなんてそうそう無いから、むしろとても楽しみよ」
そう言ってからミレーユは立ち上がって、ホワイトタイガーに手招きした。
するとホワイトタイガーもゆったりと身を起こし、ぐーっと伸びをしてからミレーユの元へ歩く。
一度ちらりとアメリアの方を見たが、これが今生の別れでは無いと察したのか、ホワイトタイガーはミレーユについて行った。
アメリアはほっと一息ついて立ち上がり、ローガンの元にやってくる。
「なんだか、猫ちゃんみたいで可愛らしいですね」
「元々猫の仲間らしいからな。特性は猫に近いだろう」
「なるほど、納得しました」
ローガンの解説にアメリアがふむふむと頷いていると。
(あれ……?)
ふと、アメリアはローガンから漂う違和感に気づいた。ローガンの視線がどこか遠くを見つめるようにぼんやりと宙をさまよっていて、焦点が合っていない。
普段の鋭く冷静な面持ちが、今は薄れているように感じられた。
「ローガン様?」
アメリアが軽く肩を叩いて呼びかけると、ローガンはハッとしたように目を瞬かせた。
「あ、ああ、すまない、少しぼーっとしていた……」
いつもの毅然とした雰囲気はそこにはない。
額には薄っすらと汗を浮かべながら、息を小さく整えるように返事をした。
瞬間、彼の異変に直感的に気づいた。
ローガンの頬は不自然に赤く染まり、その肌がうっすらと上気しているのが分かる。
そして何よりも呼吸が浅く、いつもと比べて少し乱れていた。
「ローガン様、大丈夫ですか? お顔の色が悪いような……」
心配そうに彼の顔を覗き込み、ローガン手にそっと自分の手を重ねる。
すると、掌から伝わってくる熱が異様に高く感じて、アメリアは驚いたように目を見開いた。
「大丈夫だ……少し疲れた、かもしれない……」
ローガン言い終わる前に身体がぐらりと揺れて、足元が崩れるように傾いた。
「ローガン様!」
「ローガン!」
アメリアとクリフの声は同時だった。瞬く間に不安が胸を襲う。
倒れ込むローガンを支えると、浅い息遣いが鼓膜を震わせた。
「失礼します……!!」
アメリアは余裕なく声を張ってから、そっとローガンの額に手を当てた。
触れた瞬間、手のひらから伝わる熱に思わず手を引っ込めた
「すごい熱……!!」
アメリアの叫ぶような声が部屋に響いた。