第159話 密猟者たち
状況が落ち着いた後。
「この子、どうしましょうね?」
アメリアは虎を撫でながら困ったように肩を竦めた。
大きな体をまるで猫のようにすり寄せてくる虎は、優しく彼女の手に頭を寄せ甘えるような様子を見せている。
鋭い爪を引っ込め目も緩ませて、アメリアにぴったりと寄り添っていた。
「流石のミレーユ夫人も、虎までは飼えないのでは……?」
リオが真面目な顔で言うと、ローガンも眉を寄せながら考え込む。
「しかし、すっかりアメリアに懐いてしまっているしな……」
ローガンはアメリアと虎との親密っぷりに困惑の色を浮かべていた。
「とりあえず、屋敷に連れて行くか。クリフ氏も含めて、今後どうするかを話し合……」
「危ない!!」
唐突にリオが叫んだ。
鋭い目つきで何かを感じ取ったかのように、一瞬の間もなく反射的にアメリアとローガンの間から飛び出した。
次の瞬間、木々の隙間から飛来した一本の矢が、空気を切り裂きながら真っ直ぐに向かってきた。
リオは素早く手にしたナイフで矢を弾き飛ばし、乾いた音が鋭く響き渡った。
「な、なにっ……?」
アメリアは思わず声を上げた。ローガンが即座に彼女の肩を抱き寄せ、守るように引き寄せる。
目の前に広がる状況に、再び緊張が走った。
「ちっ……仕留め損なったか……」
第三者の忌々しげな声が鼓膜を震わせる。
草木の間からゆっくりと姿を現したのは、荒れた身なりの男たちだった。
衣服はくたびれ、顔には無精髭が散らばり、汗と泥で汚れた服装はどこか不潔な印象を放っている。
彼らの目はぎらぎらと光り、純粋な悪意がその表情に宿っていた。
「グルル……」
そんな彼らの姿に反応し、虎が低く唸り声を上げた。
警戒心をむき出しにし、向かって牙を見せる。
「まさか……」
虎の反応と、足の傷。
そして男たちの身なりを見てアメリアは一つの可能性に行き着いた。
昨日のミレーユ夫人の言葉──最近、密猟組織によって住処を追われた子もいて、可哀想で放っておけなかったの。
「ローガン様、この人たち……」
「ああ、おそらく、密猟者だろう」
ローガンの確信めいた言葉に、アメリアの顔が強張る。
虎の足の怪我はおそらく、密猟者である目の前の男たちによって付けられたのだろう。
男は五人ほどで、あっという間にアメリアたちは囲まれてしまう。
「お前ら、良い身なりをしてんな」
男の中の一人がニヤリと口元を歪め、アメリアたちに向かって無遠慮に声を張り上げた。
「そのホワイトタイガーと、持っている金目のものを全部置いていけ。そしたら命だけは見逃してやってもいいぜ」
ひっひっひと、粘着気のある男たちの笑い声が空気を震わせる。
「その女、なかなかの上玉じゃねえか。良い値で売れそうだ」
別の男がアメリアに目をつけ、いやらしい笑みを浮かべて彼女を品定めするように言う。
「ひっ……」
その視線に、アメリアは思わず全身がぞくりと震えた。
思わずアメリアはローガンの服にしがみつく。
彼らが向けてくる悪意と、隠そうともせず剥き出しの欲望が、身体の奥底まで冷たく染み込んでくるようだった。
「……リオ」
「はい」
ローガンと短く呼びかけると、リオは意図を即座に察し腰から剣を抜き出す。
ローガンの顔には怒りが滲み出て、周囲に熱気が立ち上がるかのような威圧感が広がった。
「どうしますか?」
リオに尋ねられてローガンは一瞬逡巡するも、冷静な口調で言う。
「痛い目に遭わせて生捕りにする」
「御意」
リオから受け取った剣を握りしめ、ローガンは怒りを灯した瞳を男たちに向けて言った。
「少し、お灸を添えてやらなければならないな」