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第152話 暗闇で

 トルーア王国の首都、カイドの郊外。

 夜の静寂が辺りを包む中、寂れた教会がひっそりと佇んでいる。


 かつては信者たちが集い祈りを捧げた場所だった教会も、今や時の流れに呑まれ崩れ去りつつあった。


 蔦が絡みついた外壁は色褪せ、石造りのアーチはひび割れている。


 屋根の一部は風雨に晒されて崩れ落ち、雲間から漏れ出た淡い月光が、空洞となった天井を通して祭壇をかすかに照らしていた。


 本来なら誰一人として訪れることのないはずの廃墟。

 今宵、その場所には二つの黒い人影が立っていた。


「約束が違うぞ、クロード!」


 祭壇の前。

 片方の影の男が、対面の人物に怒号をぶつける。


「当分はウチから薬を仕入れてくれるという話だっただろう!? それなのに、急に打ち切るなんて!」


 感情のままに男は言葉を浴びせる。

 一方、怒号を浴びせられている対面の人物──トルーア王国第3師団団長、クロード・へルンベルクは腕を組み、じっと男を見据えていた。


 岩のように頑強な印象を与える高い背丈、広い肩幅。

 端正な顔立ちには冷徹な意志が宿り、切長の瞳が鋭く光る。


 瞳の下の頬には大きな傷跡が残り、彼がいかに数多くの戦いを乗り越えてきたかを物語っていた。


「とにかく、取引はこれからも続けてくれ! 頼む、この通り……」

「元々、公式にはこの取引は存在しない」


 男が言い終わる前に、クロードの冷ややかな声が割り込む。


「存在しないものを続けようなんて、おかしな話とは思わないか?」


 焦りに塗れた男とは裏腹に、クロードは余裕に溢れていた。

 それは、このやりとりに置いてクロードの方が上の立場であることを示している。


「でもよ……」


 力無く紡がれた言葉に耳を貸さず、クロードはさらに続ける。


「確かに、俺たちにとって紅死病の特効薬は必要不可欠だ。だが元々違法な入手経路だった上に、法外な値段を吹っ掛けられていた事に、軍の上層部は良い顔をしてなくてな」


 ゆっくりと、クロードは懐からタバコを取り出した。


 マッチを擦る音が静寂を破り、タバコの先端が赤く燃え上がる。

 一息吸い込に、煙をゆっくりと吐き出してクロードは言った。


「今回、紅死病の新薬……安価で、いくらでも入手できる薬が正規ルートで仕入れられるとなったら、猿でもそっちを選ぶだろう?」


 クロードの言葉に男は何も言い返せず、ただ視線を彷徨わせるばかりだった。

 もはやクロードには、取引を中断するという選択肢しか存在しなかった。


 クロードが戦闘に従事するラスハル自治区では、紅死病が蔓延し多くの兵士たちの命を奪っている。


 一応、特効薬も存在していたが、製造には希少な植物が必要で非常に高価だったため、裕福な貴族に優先的に回され戦地に行き渡ることはなかった。


 しかし指揮官クラスが紅死病で倒れ戦線が崩壊しては堪らないと、製造元から定価の何倍もの値段で直接購入をしていた。


 いわゆる、裏ルートだった。

 その斡旋を行っていたクロードで、目の前の男から決して少ないない数の特効薬を購入していた。


 しかし最近、トルーア国内で採れる植物を使った新しい特効薬がアメリアによって開発され、大量生産が可能になった。


 そのため、わざわざコストのかかるルートから薬を仕入れる必要がなくなったのだった。


「この辺りで、お互いに手を引こうじゃないか」


 ぽん、とクロードが男の肩に手を置く。


「ま、待ってくれ、俺だって生活が……」

「賭博に手を出さなければ、もう随分に遊んで暮らせる金はあるだろう?」

「…………っ。なぜそれを……」


 息を呑む男に、クロードが小さく笑う。


「現時点をもって取引は終了とする」


 冷酷にそう言い放って、クロードはタバコを地面に捨てる。


 そして吸い殻を踏み躙った踵を返した。もう何を言われようが取り合う気はないという、一方的な意思表示だった。


 一人になった男はしばらく拳を震わせていたが。


「クソッ……」


 悪態を突き、打ち捨てられた椅子を蹴り上げる。


「クソッ……クソッ……クソが!!」


 後には、男が暴れる音だけが残された。


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― 新着の感想 ―
 黒ード兄貴は弟の嫁(アメリア)が開発に関わってるてこと知ってるんですか?
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