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第142話 別荘に到着

 何日かにわたる航海の末、アメリア一行はエドモンド公爵領の一つ、サルバドル地方にようやく到着した。


「薄着のドレスでもなかなかの暑さですね……」


 船から降り立った瞬間に湿った熱気が肌を包み、アメリアは思わずパタパタと掌で仰いだ。


「ここはいつも夏並みの気温だからな」


 額に手を当てて汗を拭いながらローガンが言う。

 トルーア王国内とはいえ、ここはヘルンベルク家の領地から南に海を隔てた場所。


 そのため季節が若干遅れているらしく、夏の様相を呈している。

 港に並ぶ船の帆が微かに揺れて海風が涼しさを運んでくるものの、じりじりとした太陽の光は強く感じられた。


(ずっと外にいたら、倒れてしまうかも……って、いけない、いけない)


 せっかくの招待なのに消極的なことを考えるのは良くないと、アメリアはぶんぶんと頭を横に振る。その後、アメリアとローガンは迎えの馬車に乗り込んだ。

 青々とした植物が生い茂る道を進んでいく馬車の窓を開けて、アメリアは興奮した声を上げる。


「見てください、ローガン様! 珍しい植物がいっぱいです!」


 道の両脇には、冷涼な気候では到底育たないような南国特有の植物が広がっていた。

 高い木々がそびえ、鮮やかな赤やオレンジの花々が風に揺れている。


「あれはロックルの花! 初めて見ました! あの木は南国名物のヤッシーの木! 実がとっても美味しいんですよねー」


 見たことのない植物を見つけるたびに目を輝かせるアメリアを、ローガンは微笑みながら見守っている。


「相変わらず、植物愛が止まらないな」

「天国はここにあったのかという気持ちです」

「何よりだ。時間を見つけて、森を散策するか」

「ええっ、良いんですかそんな幸せすぎる催し……」


 素敵しかないイベントに若干気後するアメリアの頬にそっと触れて、ローガンは言う。


「アメリアが喜ぶ姿を見れるなら、俺も幸せだ」

「……っ、そ、それなら良いのですけど……」


 上擦った声で言って、アメリアは目を逸らした。時たま何の前触れもなく炸裂するローガンの愛情表現に、アメリアの心臓はどきんと高鳴ってしまうのだった。

 そうこうしている間に、馬車はエドモンド公爵の邸宅に到着する。


「お、大きい……!!」


 視界いっぱいに埋め尽くすのは、まるで神殿のような巨大な邸宅。

 白く輝く外壁は太陽の光をまばゆいほどに反射し、屋根は空を切り裂くように高く聳え立っている。

 

 四角いフォルムはどこか重厚で厳かな印象を与えながらも、庭園に咲き誇る鮮やかな花々や果実をたわわに実らせた木々とのコントラストが美しいかった。


「なんだか、不思議な形のお屋敷ですね……」

「形?」

「カクカクしていると言いますか。私の実家や、ローガン様の屋敷ともずいぶん違います」


 トルーア王国で目にする屋敷はどちらかというと優雅な曲線を描くデザインが多い。

 しかしエドモンド公爵の邸宅は、すっきりとした四角い形がどこか異国情緒を漂わせている。


「ここでは、こうした形が理にかなっているんだ。南国故に台風がよく来るこの地では、風が直しても建物全体が耐えられるように、角張った形にしているんだ」

「へええ! なるほど、確かに理にかなっていますね」


 ローガンの説明にアメリアの瞳は好奇心と興奮で輝いていた。


 見慣れない風景に囲まれ、遠い場所に来たという実感が胸の中に広がる。

 その感覚が冒険心をさらに掻き立て、わくわくとした気持ちが高まっていった。


◇◇◇


「遠路はるばるよく来てくれた!」


 邸宅の玄関先で、エドモンド公爵クリフが迎えてくれた。

 先日見たような豪華な貴族服を身に纏った威厳満ち溢れる姿……ではなく、バカンスよろしくなアロハシャツにサングラス。


 そして手にはウクレレが握られており、ポロロンと軽やかな音色を響かせている。


「…………」

「…………」

「どうした二人とも? 狐に化かされたような顔をして」


 とぼけたように尋ねてくるクリフに、ローガンは軽く息をついてから口を開く。


「いえ……お久しぶりです、クリフさん」

「お、今日は堅苦しさが取れているな。嬉しいぞ」

「本日はプライベートなので」

「相変わらず厳格な男だ」


 ウクレレの弦を軽く弾きながらクリフがにやりと笑った。


(ほ、本当に、クリフ公爵……?)


 二人のやりとりを見ながらアメリアは目を丸くしていた。

 先日のお茶会で見た高貴で威厳に満ちた風貌はどこへやら、南国のバカンスで余生を楽しむ老人のような出立である。


 しかし一方で、アロハシャツでは隠しきれない堂々たる体格を持ち、白髪交じりの金髪は陽光を受けて煌めいている。


 軽装にもかかわらず、その風格と威厳はほんのりと漂っているのをアメリアは感じ取った。

 そんなアメリアにクリフが目を向け、小さく微笑む。


「アメリア殿も、茶会ぶりだな」

「お久しぶりです、クリフ様……で良いんですよね?」

「前会った時と変わりすぎていて驚いたか?」

「い、いえっ、そういうわけでは……」


 アメリアは慌てて手を振りながら否定するが、クリフは愉快そうに大口を開ける。


「うははは! 気にするな、今日はせっかくの休日だからな! 人目の無い場所では羽を伸ばさんとやってられん。アメリア殿も楽にしてくれ」

「あはは……それでは、お言葉に甘えて……」


 微笑むアメリアだったが、内心ではそのギャップに戸惑いを隠せない。先日のお茶会では、エドモンド家の当主としての威厳を見せつけ、手の届かない存在だったクリフ公爵。


『高貴の典範』と称される彼が、プライベートではこんなラフな……言葉を変えるとはっちゃけたた姿を見せるとはと、改めて驚きを隠せないアメリアであった。


「行こう、中で妻が待っている」


 クリフが二人を促し、邸宅の大きな扉を開ける。

 一礼するローガンの後にアメリアは続くのだった。


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