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第109話 家庭教師

 屋敷に帰宅した後、応接間にて。


「初めまして。コリンヌと申します。貴家の家庭教師としてお仕えする機会を賜り、心より感謝申し上げます。何卒よろしくお願い申し上げます」


 丁寧な言葉遣いと共にお辞儀をする初老の女性──コリンヌ。


 後ろで纏められた髪は落ち着いた色合い。

 背丈はすらりと高く、染み一つないフォーマルな服装を身に纏っている。

 柔和ながらも鋭さの光る双眸には、知性を纏った眼鏡をかけていた。


 所作はどれも美しく、お辞儀一つをとっても長年にわたる礼儀作法の経験と教養が伺える。


「アメリアです。よ、よろしくお願い致します!」


 アメリアが勢いよく頭を下げると、眼鏡の奥がきらりと光った。


「お辞儀はもっとゆっくりと、角度はもう少し浅く。声量は控えめに」

「え?」

「さあ、もう一度」


 有無を言わせない圧を感じ、アメリアは息を呑む。


(お辞儀はもっとゆっくり……角度はもう少し浅く……声量は控えめに……)


 コリンヌに言われた言葉を心の中で反芻しながら、再びアメリアは頭を下げた。


「よろしくお願い致します」

「結構でございます」


 満足げにコリンヌは頷いた。


「コリンヌ先生は社交界での振る舞いや礼儀作法を専門にしている先生だ。俺も、小さい頃に世話になった」

「その節は大変お世話になりました」


 再び、コリンヌは優雅なお辞儀を披露する。

 無駄のない洗練された動きに、「わあ……」と言葉を漏らしてしまうアメリアであった。


 へルンベルク家にコリンヌがやってきた経緯は単純。

 アメリアがローガンに、社交界での振る舞いに関して自信の無さを吐露したためだ。


 元々、アメリアは伯爵家の人間だが、立場が立場だったため社交界での礼儀作法はほとんど教えて貰っていない。

 幼い頃に母から齧る程度を教わり、その後は独学で見よう見まねで習得したが、お世辞にも完璧とは言い難い。


 ローガンの隣に立って、公爵家の婚約者らしい立ち振る舞いができるかと言うと怪しいところであった。


 ただでさえアメリアは『醜穢令嬢』だの『ハグル家の疫病神』だの悪い評価を持たれている。

 エドモンド家のお茶会によって、余計にへルンベルク家の名を汚してしまうかもと考えると不安で仕方がなかった。


 という胸の内を、アメリアがローガンに明かすと。


『心配なら、家庭教師をつけるか?』


 そんな提案によってやって来たのがコリンヌであった。


「社交界におけるマナーは習得に時間を要するものでございます。礼儀作法とは、長きにわたり繰り返し練習を重ね、徐々に洗練されていくものです」


 落ち着いた語り口でコリンヌは説明する。


「しかし、今回は残念ながら時間の制約がございますので、基本的な要点に焦点を当て、少しでも自然に振る舞えるレベルにまでご指導させていただきたいと思います」

「はい、よろしくお願い致します!」

「声は控えめに」


 ぴしゃりと、コリンヌに注意されてしまう。


「元気なのは良いことですが、社交の場では落ち着きがないと見られてしまいますよ」

「お、仰る通りですね……よろしくお願い致します」

「結構でございます」


 ふんわりとコリンヌは微笑む。

 ただ厳しいだけではない、時折見せる緩やかさにアメリアはホッと胸を撫で下ろした。


「俺は仕事で席を外す。あとは頼めるか?」

「お任せくださいませ」


 アメリアの方に向き直り、ローガンは言う。


「コリンヌ先生は厳しいが、腕は確かなお方だ。一通りのことはしっかりと学べると思う」

「ローレン様のお墨付きでしたら、安心ですね。お呼びいただいて、ありがとうございます」


 感謝の言葉を口にするアメリアの肩に、ローガンは優しく手を置いて言葉を贈った。


「頑張れ」

「はいっ」


 こうして、アメリアの特訓が始まった。


◇◇◇


「まずは、貴婦人の歩き方から始めましょう」


 コリンヌは部屋の中央に立ち、落ち着いた声で指示を出す。


「歩き方一つ取ってみても、単純ではありません。背筋を真っ直ぐにして、顎は軽く引く。足は縫い目に沿って直線的に、足音は極力立てず一歩ずつ踏み出してください。このように……」


 コリンヌが説明した通りの手本を見せてくれる。


(す、凄い……)

 

 豪華なドレスを身に纏っている訳でもないのに、歩き方だけでコリンヌが一人の淑女のように感じられた。


「さあ、後に続いてください」

「わかりました」


 緊張した面持ちで、アメリアは一歩踏み出す。

 先ほどコリンヌが説明した内容を思い起こしながら、部屋の中を歩いてみる。


「動きが硬いですよ。もっと肩の力を抜いてください」

「は、はいっ」

「顎を引くのを忘れてますね」

「申し訳ございませんっ……」


 隣を一緒に歩くコリンヌに指摘されながら、アメリアは少しずつ正しい歩き方を形作っていく。


「そうそう、その調子です。重心は常に中心に保ち、足首を軽く曲げて歩くのです」

「重心は常に中心……足首を軽く曲げる……」

 

 コリンヌの指摘を素直に聞き入れ、身体に反映させる。

 基本的な動作は抑えていたたのもあって、歩みから少しずつ迷いが取れてきた。 


「歩き方はこれくらいで良いでしょう」

「ありがとうございます」


 自然な動作でアメリアはお辞儀をする。


「お辞儀は形になって来ましたね」


 口元を僅かに綻ばせてコリンヌは言う。

 褒められて、アメリアは思わず嬉しくなった。 


「次に、カーテシーの練習をしましょう。言うまでもないですが、カーテシーは社交界で非常に重要な所作です」


 強調するように人差し指を立てて、コリンヌは説明を続ける。


「まずは足を揃え、片足をわずかに後ろに滑らせます」


 デモンストレーションを行いながら、コリンヌは言葉を続ける。


「そして、上半身を少し前に傾けながら、膝を優雅に曲げていくのです。この際、背筋は伸ばしたまま、頭は高く保つのがポイントです」

「足を揃えて、片足は少し後ろに……」


 コリンヌの説明を繰り返し呟き、アメリアはカーテシーをやってみせる。


「悪くありません。しかし、やはり硬いですね」

「か、肩の力を抜きますっ」

「抜きすぎないように。カーテシーは身体の軸が重要になる動作です。力を抜きすぎると、ふにゃりとだらしなく見えてしまいます。大事なのはバランスです」

「なるほど、わかりました……」


 真剣な表情で、アメリアは改善に努めた。


「そうそう、その調子です。優雅に、滑らかに、落ち着いて。カーテシーは貴方の品位を表現するものです」


 コリンヌの言葉を胸に、少しずつ動きを洗練させていくアメリア。

 繰り返しの練習の中で、アメリアのカーテシーは少しずつ形になっていく。


 文句一つ口にせず真面目に取り組むアメリアを、コリンヌはどこか微笑ましげに見守っていた。


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