空、地上、地下(1)
コーナーを曲がり切り、高速道路の直線に入ったところで俺はアクセルから手を離した。古いバイクが、エンジンの回転数を落とす。
俺は黄色くかすんだ空を見上げた。
どうやら、世界は終わるらしい。
そう聞いたのが八歳の時。俺が生まれるずっとずっと前から駄目になっていたらしいが、チビだった俺が理解できたのは八歳の時だった。
世界の終わりを知ってから八年経った現在でも、俺はまだ地球にへばりついている。たぶん、死ぬまでそうだと思う。箱舟とやらに乗せてもらえるのは、優秀か金を持っている奴だけ。俺も、俺の家も、それには当てはまらない。
防護ヘルメットの遮蔽ガラス越しに見る空には、宇宙へと向かう貨物ロケットが軌跡を描いている。今日はこれで三つ目だった。
各国の宇宙船が建造されている新国際宇宙ステーションは、政治闘争のフロントラインだとニュースで流れていた。いつから建造が始まったのか知らないが、いまだに宇宙船は完成していない。なにかと複雑怪奇で面倒なのだそうだ。
そんなことじゃ、結局はみんな揃って死ぬんじゃないのかと思う。
まあ、それでも俺は構わないけど。
構わないけど……な。
「どうせ終わるなら早くしてくれよ」
誰にともなく呟いて、俺は再びアクセルを引き絞ってエンジンの回転数を上げる。バイクがドロドロと股下で震えた。
コーナーの入り口で四速に落としたトランスミッションを五速に蹴り上げる。
もはや人間の消えうせた地上を、俺は好き勝手に古いバイクで駆けている。ろくに整備もされていない道路は、いつどこで俺に牙をむくか分からない。スピードメーターは100km/hあたりを示している。この速度なら、路面が剥がれて陥没でもしていれば俺はぶっ飛んで死ぬだろう。
それどころか、少しハンドリングをミスっただけで、砂でスリップして死ぬ。
それなら、それでも構わない。
防護ヘルメット内で、ビービーと警報が鳴っている。防毒、防塵フィルターが限界に近いのだ。地上の大気は致命的に汚染されていて、ヘルメットを脱いだりフィルターが詰まったりしたら終わりだ。もしくは、宇宙服みたいなツナギに穴でも開いたら、やはり俺は死ぬ。
それもいいだろう。
遥か上空――宇宙空間で優秀な大人たちが頭を悩ませているように、地上は地上で馬鹿なガキが人間関係の煩わしさに悩んでいる。
大人になれば、悩まずに済むんだろうか。いや、そうは思えない。大人になったことがないから分からないが、たぶん俺は大人になっても頭を悩ますんだろう。
防護服越しに風を感じながら、思う。
このままどこまでも速度を上げて、誰もいないところへ飛んで行ってしまえたら、と。
GANGAN200というちょっとふざけた名前のバイクは、宇宙へは行ってくれないみたいだった。そもそも、そんなに大した速度は出ない。せいぜい100km/hが限界だった。
「――おっと」
ハンドリングと体重移動で、俺は車体を少し左に寄せた。タイヤが噛んだ小石が、街灯のポールに当たって甲高い音を出す。その音が後方にすっ飛んでいき、代わりに一機のドローンが騒々しく俺を追い越していった。
監視警戒ドローンは、俺に目もくれない。たぶん、認識すらしていない。俺が左に避けなければ衝突していたんじゃないだろうか。一般人立ち入り禁止区域を旧車で走る俺に見向きもしないなんて、いったい何を監視、警戒しているのだろうか。
俺の訝しい視線をよそに、ドローンは機敏な動きで方向転換し、関東中央宇宙港へ戻っていった。
俺は宇宙港とは逆方向――地下シェルター街のゲートに向かってハンドルをきる。
能もない。金もない。そんな俺のような役立たずたちが、最期を迎える場所は地下だった。数千万の役立たずたちが、全国の地下シェルター街でひしめき合っている。いつか幕が下りるその時を待ち、なんとなく日常を続けていた。